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2009年03月08日

アダルトチルドレンとは。。。

アダルトチルドレンとか、アダルトチャイルドACとか
一度は、耳にされたことがあるのではないでしょうか。

これらは、病名ではありません。

生まれ育った家庭で、両親が何らかの事情(アルコホーリックや虐待、多忙、病気、親自身がアダルトチルドレンである)により充分に親業を行なえなかった場合、子どもに十分な安心感を与えられなかった場合に、その家庭で育つ子どもに共通してよく見られる、ある一定の生きにくさの特徴を持つ人たちについて名づけられた名称です。

アダルトチルドレンの特徴】

1. 孤立するようになり、他人(特に権威者)を恐れるようになった。

2. 承認を求めようとばかりするようになり、そうしているうちに自分が何を望んでいるか分からなくなった。

3. 大きな物音が苦手であったり、人が怒ったり、個人的な批判をされたりすると怯えてしまう。

4. 何であれ依存的であり、同じように依存的、強迫的な問題を持つ相手を見つけてることで、
  自分の自暴自棄の欲求を充たそうとする。

5. 人生を「犠牲者」または「救助者」の目で見ている。人を愛したり相手と友達になるときにもそのような弱さにひきつけられる。

6. 周囲に起こることは、すべて自分のせいだと感じる行き過ぎた責任感を持ちやすい。
自分の欠点や自分自身に対する責任に向き合えないために、他人の世話や、他人への心配に没頭しがちである。

7. 人の言いなりにならずに自分の意見を述べることに、恐怖や罪悪感をもってしまう。

8. 自分を駆り立てるものを常に求めている。

9. 愛を哀れみと同一視し、自分が哀れみ救える人を愛そうとする。

10. 子供時代に体験した痛みのトラウマにより感情を抑え込む癖がついている。
思いのままに自由にものを感じることや、自分の感情を表現することを、とても辛いことであると恐れて抑圧する。

11. 常に自分を厳しく裁き、自己評価が非常に低い。その反動として、人より優れた人間になろうとしたり、
そのように見せようと必死に努力する。

12. 見捨てられることを非常に恐れる。見捨てられないためならば、どんなことでもしようとする。

13. 自分を大切にすることが難しい。自分にとって必要なものを見極めて適切に与えるセルフケアが難しいと感じる。

14. 白黒思考をする。ゼロか100かという考え方をし、その間に本当は存在している無数の数値には価値を見出さない。

15.親子、友人、恋人など、どの人間関係においても、「依存する、される」「支配する、される」という関係の中で
生きていることが多い。



よく、ネットでも「アダルトチルドレン診断」というような広告を見ることがあります。自分の生き辛さを癒すために、その原因を知りたいと願う人が、それだけ多いということなのかもしれません。

自分がアダルトチルドレンであるかどうかという知識を得ることは、たしかに生き辛さを癒やすひとつのヒントになるでしょう。でも、アダルトチルドレンについて知ることには、それ以上に大切な意味があると思います。

それは、

あなたは異常な人間でも、精神病患者でもなく、社会で生きていけない人格破綻者でもない。
回復できるのだと知ることであり
自分がこのような特徴を持つようになったのには、正当な理由があると知ることです。

あなたは、生育環境によって、たまたまこのような特徴を後天的に身につけてきたのであり
後から身につけたものであるのなら、後からそれを取り除くこともまた、可能なのだと知ることです。

アダルトチルドレンの生き辛さは、様々な方法でやわらげることができます。生き方のゆがみや不器用さも直していくことができます。
「持って生まれた治らない気性のせいで苦しまねばならないのだ」とはお考えにならないでください。あなたがこのような性質になられたのには、正当な理由があったのです。そしてその理由がわかれば、道を逆に辿るように、回復の道を歩むことが可能になるのです。

このブログでは、あなたがアダルトチルドレンの生き辛さから回復されるための方法を、幸せに向かわれるための方法を、そして日々生きていかれる力と癒しを、お送りしたいと願っています。

記事について、わからないこと、聞きたいことなどお有の方は
お気軽にメールくださいませ。


※参考サイト
 アダルトチャイルドのページ http://www.ask.or.jp/ac.html
 アダルトチャイルドの5つのタイプ http://www.ask.or.jp/actype.html

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2009年07月05日

回復途中の自問自答。

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久しぶりにタバコを吸いました。
自分に向き合うことが怖くて、思考を止めたくて、タバコに逃げました。
願ったとおりに思考が止まりました。
そして、二本目を吸いました。そうしたら、思考が冴えました。
また、タバコを再開してしまいました。
でも、メンターは、タバコを吸ってしまう自分もオーケー。自分を許せない自分も、自分を傷つけてしまう自分もオーケーだと言います。どんな自分もオーケーなのだと。。。
そのような、徹底的なぶれることのないスタンスで、受け止めてくださる。
そして、そのように自分を許す事の大事さを教えてくださる。
そこからしか、何も始まらないのだと。
怖くても、逃げてしまったら先に進めない。向き合わなければ。
逃げてしまう自分も許していいのです、とも、メンターは言われます。
ただ、逃げていてもいいから、自分の本質から、問題の本質から目をそらさない。それでいいのだと。。。
タバコに逃げましたが、タバコによって守られ救われながら、わたしは本質に向き合うのだと、自分を許すことにしました。


わかって欲しいことがある。それは、言わなければ伝わらない。言わなければ、わたしを気遣ってくれる相手に心配させる。言うことが辛い、プライド傷つく、断られたら傷つく、と、怖がるわたしは、心を閉ざしたいと願う。でも、それをしたら相手を傷つける。

本当の関係のためには、大切な相手であれば、たとえプライドが傷ついても、自分に正直にならねばならないのですね。相手に合わせることばかりで、自分の願いもわからないような生き方をしてきた自分には、とても難しいことです。
自分の願いを認めることで、相手との間に生じる摩擦を無意識に怖がって、それなら最初から自分の願いなど気づかない方がいい。無い方がいいと、今までのわたしは思ってきた。そのような生き方をすることで、自分を守ってきたのですね。

でも、わかっているのです。かつては自分を守ってきたそのような態度が、今はもう役に立っていない。自分を守るどころか、自分を縛り、傷つけ、狭い恐れの世界に自分を閉じ込めているのです。

かつて、わたしがひとりの独立した人間として自分の意見を持って生きることを認めないところでわたしは生きていた。そこでは、わたしが自分を殺すことでしか生きられなかった。でも今は違う。わたしを縛らず、わたしを尊重してくれる人が周りにいる。その人たちの愛にわたしも答えたい。答えたいと願いながら、怖くてずるずると腰が引けて逃げてしまう。相手はわたしの幸せを願ってくれているのに、わたしがそんな相手に心を開かずに逃げることで、相手を傷つけてしまう。わたしは、自分を大切にしなければならない。それが、相手の愛にこたえる方法であり、自分を尊重する生き方へ転換していくことなのです。

でも、なんと難しいのでしょう。

今日わたしは、相手に自分の願いを伝えました。相手は快くその願いを容れてくれた。でも今度はそれを素直に喜べない自分がいる。相手が望んでいないのに、頼んでしてもらったのでは何にもならないではないかと思う。相手が自発的にしてくれるのでなかったら、それは愛ではない。お義理だと思う。


でも、それはわたしの甘え。言わないのにわかってもらえると思うのは、自分は相手に思いやられて当たり前だという甘え。欲しいものは、努力しなくても与えられると思う甘え。欲しいものならば自分で努力して得られるようにするべきです。相手の自発的な行動が欲しいのならば、それ相応に相手の心に添うように努めながら、相手に気に入ってもらえるように努力すべきだと思う。それもせず、やはり努力するのが当たり前なのです。今回わたしが望みをきちんと伝えられたのは、自分が、今までできていなかった当たり前の努力を、身につけられ始めた喜ぶべきことだ。と思ったりもします。

今、ものすごく混乱しています。せっかく望みを伝えられて、明日望みがかなうというのに、悲しくて仕方がない。自分から望みを伝えたことで、自分が救いようがないほど惨めだとも、感じるのです。
これはきっと、自分が愛されていることに、とことん自信が無いから、だからこれほどまでに惨めに感じるのだと思います。必死に強がって武装していた鎧を脱いだことで、相手にものすごく弱い自分をさらしてしまったことに対する後悔や恥の感情。こんな気持ちのままで、明日出かけていいのだろうか。やっぱり相手の自発的な感情に任せて、明日は辞退するべきなのだろうか。答が出ません。
こうして書くことで、考えがまとまるかと思ったのですが。。。

外せない大事なことは、わたしが自分を大事にすることと、自分の気持ちに嘘をつかないこと、このふたつですね。

事実だけを、書き出してみます。感情や憶測は抜いて。。。

わたしは、自分を大事にすると決めた。自分の願いをはっきりと自覚した。そして願いを伝えると決めた。そして、恐れずに、いえ、正しくは恐れおののきながら伝えた。そして相手はオーケーしてくれた。明日、時間を取ってくれた。


つまり。。。 問題なのは、惨めさを感じるわたしの感情だけ。それだけなのですね。この感情と、向き合うべきなのですね。心の奥底に疼いているものがある。これは、相手にも、今回の状況にも関係が無いもの。わたしの中に最初から在る痛みなのですね。
では、わたしがするべきことは、この痛みから逃げないこと。
そして、この痛みを抱いたままで、明日、出かけることですね。
笑えないかもしれない。相手に感謝できないかもしれない。それでも、そんな自分にもオーケーを出しながら、ありのままの感情を、自分を、あるがままに受け入れ、受け止め、素直に相手に対すればいいのですね。
新しい生き方の実践ですね。

心が決まりました。正面から向き合って、明日、行ってきます。

長々とごめんなさい。大変失礼致しました。
読んでくださったみなさま、ありがとうございました。





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2009年07月06日

自分を大切にすることは、なんと怖いこと。

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先の日記に続き、自分の怖さ弱さに向き合いたいと思います。書くことにより、デトックスになりますように。浮かんでくる感情を流せますように。

向き合うことは怖いこと。今までから、たいがい勇ましく向き合って来た方であるわたしでも、今回はきつい。吐きそうなくらいにきつい。

もういいよ、止めとこうよ。と、でんでん虫みたいに殻に引っ込もうとする自分。

「ここで諦めたら、また同じことの繰り返しだよ。」と、引っ張り出そうとする自分。


「どうでもいいな」ってすぐに諦めるけど、それはただ、楽な方に流れてるだけ。本当は、譲れないんでしょう?大事な大事なことなんでしょう?必要なんでしょう?
必要じゃないなら、どうして2年も3年も引きずるの?
ごまかしちゃダメだよ。


でもね、こんな気持ちで行っても意味ないよ。楽しめないよ。

ううん。。。 それでも行くべきだよ。
笑顔を取り繕ってなんになる?嘘に嘘を重ねてなんになる?そんなことばかりしてるから辛くなる。ありのままの自分で行ってごらん。それでいいんだよ。


自分を大事にする。
欲しいものを欲しいと言い、したいことをしたいと言うことの、なんという恐ろしさ。

他のことならば言える。大抵のことは言えるのだ。でも、これだけは、どうしてこんなに怖いのだろう。。。


自分を守ってきた鎧を脱ぐのは怖いこと。弱さをさらすのは怖いこと。たとえ自分を粗末にしても、嘘をついてでも逃げたくなる。

鎧を脱いだら、弱さをさらしたら、何が起きると言うのだろう。


残るのは、愛される恐怖だけである気がする。

愛されることが、こんなにも怖いのは、愛されると信じていないから。全身全霊で信じていないから。

愛されているとわかっているから尚更に怖いのだ。信じたくない。確かめたくない。逃げたい。



そうなんだ。。。



問題は、そこなんだ。

過去の、何かの体験にリンクして痛んでいるんだ。
痛いから、また傷付くことを怖がっているから、その不安を現実化しようとしているのだ。同じ結果が待っていると証明することで安心しようとしているのだ。

それだけのことだったんだ。。。



自分を大切にするという様々な慣れない試み。その試みにチャレンジする中で、今までと違う行動を選択する必要が出てくる。

そのひとつひとつに、勇気を奮い起こすしかないのだ。


自分の気持ちに正直になることも、相手の愛を受けることも、どちらも今は修行。

慣れるまでは苦しくても、必ずわたしの人生を拓いてくれる。


苦しみを感じるのは、わたしの中に力が溢れてきているから。もうごまかしには戻れないと、内から突き上げてくる力を抑えきれないから。きっと、そうなんだと思う。


それならば、何の力みも要らない。何の努力も要らない。ただ、自然な自然な流れに従えばいい。

この流れこそは、わたしの命の真っ直ぐな流れ。歪みを正し、わたしを癒し、回復へと運ぶ流れ。

ありのままにあるがままに、自分の心が流れるままに、身を委ねればいい。

辛くても苦しくても、辛いまま苦しいままでいいから。。。


迷いを、振り切れそうです。



ありがとうございます。





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2009年07月11日

わけのわからない憧れは、もういらない。

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素敵な人を見ると、憧れます。

あんな風に成れたらいいなあ。。。
でも、わたしはだめだなあ。。。
ぜんぜんわたしと違うなあ。。

そんな風に感じることが、あります。
多くの人が、そのような経験を持っているでしょう。

憧れの人に近づきたいと、努力を始める人もいます。
憧れの人のようになれるはずがないと、最初から諦める人もいます。
恋愛感情のように、熱烈な感情で憧れ続ける人もいます。

そして、このどれもが、「自分は違う」という感覚からスタートする行動なのですね。努力する人は、どんどん憧れの人に近づくでしょうから、建設的な憧れであると言えるでしょうが、でも、もっと簡単な方法があると思うのです。ただ、このことを知ればいい。このことを知ってただ、見るだけでいいのです。つまり、それはこういうことです。


あなたが本当に憧れているのは、目の前の素晴らしいその人に、ではありません。あなたはその憧れを、本当は、自分に対して感じているのです。

あなたは、相手の素晴らしさを見て、憧れるでしょう。
そして、そのようでない自分を見て、貧しさを感じるでしょう。
しかし、相手のその性質に素晴らしさを感じるとき、それは、あなたの中に同じ性質があるのだということを意味するのです。
同じ性質があるからこそ、あなたはその人の美点に魅力を感じて憧れるのです。

この世はすべて鏡です。
「なんだかあの人は好きになれない」そう思うとき、その人は、相手の中に自分の欠点や影を見ているのです。なんとなくおわかりになる方も多いのではないでしょうか。そして、相手を嫌な人だと思えば思うほど、嫌なところが目に付きます。そして自分の中の同じ欠点を自分が愛せるようになれば、相手を見ても何とも思わなくなったりするのですね。

それと同じことです。
「あのひとのここが好きだ」と思うとき、人は相手の中に好ましい自分の性質を見ているのです。つまり、相手に愛を感じるとき、その人は自分自身を愛しているのと同じことであるのです。

では、人間はどこまで行っても自分のことしか愛せないような、狭い存在なのか、そこまで自己中心的な生き物なのか、というと、そうではありません。本当の愛は、そのような自分勝手な排他的なものではないからです。そして、自分を愛することは決して自分勝手なことではない。むしろ、本当に自分を愛さない限り、その人は誰をも愛することができないといったほうが良いのかもしれない。それくらいに人が自分を愛することは、重要なことなのだと思うのです。

あなたは、自信を持てないかもしれない。
でも、本当は、あなたがその人に憧れている時、
あなたが見つめているのは、自分自身なのです。
それを忘れないで。
あなたの中には、その魅力的な人と同じ魅力が眠っている。
あなたがその人を通して見ているのは、あなたの中で眠っている魅力なのです。
もう、自信がないと嘆くことはいらない。
もう、わけのわからない憧れに、心を焦がすこともない。
もう、寂しさ虚しさに苦しむこともない。
あなたの中に、愛すべき本当のあなたがいる。
あなたは、ひとりではないのです。
相手の方に感じていた憧れを、自分の中のもう一人の自分。
眠っているけれど確かにいる、魅力的なもう一人の自分に、向けてください。
感じているそのまんま、振り向けてください。
あなたの中に、それほどまでに愛されるべき、貴い部分があるのです。
ただ、そう目覚めるだけでいい。
ただ、目覚めるだけでいい。ただ、その事実を見るだけでいい。

あなたは、本当に素晴らしい。

世界でただ一人の貴い存在。。。

誰と比べる必要もない。誰に憧れる必要もない。
自分の無い、わけのわからない憧れは、もういらない。
その憧れを受けるべきものは、あなた自身であるのだから。。。



心から、あなたに、愛と尊敬を込めて。




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2009年07月12日

自分を大切にできれば、触る物みな、黄金になる。

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自分を本気で大切にすること。本気で自分を愛することで、初めて他人を本当に大切にできるようになる。本当に愛せるようになる。

それが、だんだんと悟られてきました。

すぐに自分を後回しにしたり、粗末にする習慣を破ることは、
わたしにとって時にとても難しく、怖いこと、辛いことです。
でも、そのような怖さと戦いながら、ひとつずつ自分を大切にすること、自分を愛することを学んでいます。

ひとつずつ、それができるたびに、ひとつずつ素敵な変化が起こります。

ぴかぴか(新しい)目の前の人の大切さに気付いたり

ぴかぴか(新しい)誰かを、責めてしまう思いから解放されたり

ぴかぴか(新しい)仕事の段取りがとてもよくなったり

ぴかぴか(新しい)今まで取り組むことから逃げていた、また先送りしていた、面倒な仕事に取り組めたり

ぴかぴか(新しい)今までは「まあ、いいか」と、ずる休みしていたところで、頑張れるようになったり。。。


自分が自己肯定感が溢れていれば、自分が触れたもの全てに最善を実現しようと思える。触る物すべてが黄金に変わるようになった昔話の王様のように、心から貴いと思える存在である自分だからこそ、「その自分が触れたものならば、すべてが最善の結果を生んで当たり前」というような、自然な自信が生まれてくるように思います。

こういう状態になれば、自然と自分の使命も天命もよりクリアーになるでしょうし、仕事もきっと、より研ぎ澄まされたハイレベルなものになるでしょう。生活が既に、そのように変容しつつあることを感じます。いろんなものが、かつてないほどクリアーに見えてくるのです。


「ただ、うわべで自分のわがままを叶える」という次元ではなくて、本当に本気で自分を大事にする時、本気で自分を愛する時、自分の命の貴さと共に、相手の命の貴さに、初めて目が開かれるのでしょう。そうして初めて、自分の生きてきた意味や、自分に求められているものが見えてくるのでしょう。
いろんな意味で目が開かれつつある今、「怖くても、自分を大切にすることから逃げなくて良かった」と、心から思うのです。そこから得られる宝は計り知れない。。。。

そして、童話のラプンツェルのように、人が自分の美しさを知るためには、信じるためには、まず誰かにそれを教えてもらわないといけないし、まず誰かに信じてもらう必要があるのですね。

わたしの中にある、美しいもの、優れたもの、貴いものをお教えいただいた方々。そしてそれが眠っていて現れていないにもかかわらず、その存在を信じ抜き、わたしに語り続けてくださった方々。
皆さんに支えられ、養われ、見守られて、さくらみるくはお育て頂いた。だから、こうして自分を愛し、自分を大切にすることに目覚めることができた。そして、だからこそこれからさくらみるくとしての花を咲かせることができ、咲かせ続けることができる。


心から、心から、ありがとうございます。


皆さま方にも、たくさんのたくさんの幸せがありますように。。。





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2009年07月24日

最も認めがたいこと。

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すべての現実は、自分が思い描いたままに展開している。
自分が、自分の人生の創造主になっているのです。

「人を信じられない。騙されるのではないか。」
そう疑っていると、その不安や疑いがそのまま投影されて
本当に騙そうとする相手を引き寄せます。

「意地悪されるのではないか」と、びくびくしていると
本当に相手の中の意地悪な部分を引き出してしまいます。


自分の中にはまだ、人を怖がる気持ちがありますが
それは、本当は、傲慢の裏返しなのかもしれません。
大事にされて当たり前、という甘え。
正当に扱われて当たり前、という甘えです。

自分を大事にするのは大切なこと。
でも、傲慢や甘えは、それとは違う次元です。
それは自我のなせる業。
満たされることを願って、満たしてくれる相手を探す自我が、活発に活動している証拠。

相手に理解されたいというのは、当然の願い。分かり合おうとすることは大事。
でも、傲慢や甘えは、それとは違う次元です。
理解されて当たり前。わかってもらって当たり前。配慮してもらって当たり前。
意識していなくても、そうした見えない前提を心の奥に持っているから生きることが辛くなる。
生きることが辛いという、そのこと自体が、肥大した自我の姿を表している。
被害者の顔をしていれば気づかずに済む。ことによれば同情もしてもらえる。
卑怯な話です。逃げているのです。


もしかしたら、自分がずっと怖がって逃げていたのは、この自分の貪欲さであり、実物以上に膨らませて見せていた、どこまでも膨らませていた、本当は存在しない虚構の自分が壊れることなのかもしれません。
作り上げようとしていた自分が虚構であるからこそ、その無理を感じて自分は、身動きが取れなくなってしまっていたのかもしれません。
もう、自分が何をしようとしているのか、どこからどこまでが嘘で、どこからどこまでが本当の自分なのかが、わからなくなってしまったのは、だからなのかもしれません。

自分で自分が幸せになることを認められなかったり、成功することを許せなかったり、自分を傷つけようとしたり、すべてがこのところに根を持って生まれていた表れであったのかもしれません。

貪欲な自分を認めたら、何が起こるのでしょうか。
虚構の自分を壊したら、何が起きるのでしょうか。何が残るのでしょうか。
そこのところを見つめれば、怖さの正体が見えてくる気がします。

向き合うことは怖い。でも、ここを無視しては生きていけない。
一生嘘をついては、誰も生きていけない。
そろそろ、認めなければ。。。。
そう思います。

これ以上自分の首を絞め続けてはいけない。
どんな努力も、たくらみも、全部自動的に「自分以外の人間になろうとする努力」にすり替えられてしまう。
どんなに自分を大切にしようとしても、どんなに素敵な名目で何をしようとしても、全部自動的に「本当の自分を覆い隠せるだけの虚構の自分を創るための行為」になってしまう。
だから、こんなにも徒労感が積み重なっていたのかもしれません。
結局は、自分の自我の中でぐるぐると回っていたに過ぎなかったのかもしれません。
もう、こんな嘘はまっぴらです。

姉は、この自我の中で身動きがとれずに、自分を完全に見失い、親への依存から抜けられずに親を憎み、精神のバランスを崩して家庭を壊し、結婚した後も家庭を壊し、子どもを虐待し、死んだような人生を送っている人です。
そんな姉と同じ道を歩むまいとして、自分は姉とは違うと証明したくて、わたしは姉とは逆を歩んできました。ずっとずっと、人生の大半をそのように歩んできました。
姉を思うたびに、姉が暴れ続けた家庭の空気を思い出しかけるたびにフラッシュバックが起きて、死にそうな思いをしてきました。

でも、結局はわたしも姉と同じだったのかもしれません。
姉を受け入れられず、姉を認められず、直視するくらいであれば、むしろ狂う方がましだと感じていました。
長い長い、人生の大半の時間をそのように感じてきました。
だから、わたしもまた、精神のバランスを崩したのかもしれません。
事実を受け入れられず、直視できずに逃げていた。逃げ回っていた。
それが、わたしの生き辛さすべての、そもそもの発端であったのでしょう。

姉を受け入れられないこと、姉に平気になれないこと、自分は姉とは違うのだとこだわってしまうこと。それこそが、姉がわたしの影であると鮮やかに証明していたはずなのに、自分はそれに目を背けてしまっていたのでしょう。


今こそは、その恐怖に向き合うとき。
向き合えるようになるために、こんなにも長い時間が必要だった。
自分の自然治癒力は、自分の中のこの病んだ部分を吐き出そうとして、浮かび上がらせてきた。
長い時間、この部分は常に浮かび上がってきてはわたしを苦しめたけれど、向き合えるようになるために人生は、四方八方から手を回し、助けを配置し、必要な智慧を与え、学びを与え、そしていつも

「気づきなさい。気づいて受け入れなさい。癒されなさい。もっと幸せになりなさい。」
と、優しい優しい声で、語りかけ続けてくれていたのだと思います。
その声に、優しい促しに、今こそは、応えようと思います。
向き合える時が来たから、向き合える強さを持ったからこそ、気付くことができた。時が来たのですね。


もっとも認めがたいこと。


とても怖いですが、この日記をアップすることで、先に進めたらと願います。
とても怖いですが、きっと、そうできると思います。

蝉の声までが、応援してくれているような気がします。
爽やかな気分です。^^



ありがとうございます。







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依存を生む恐怖を、自覚する。

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すべての現実は、自分が思い描いたままに展開している。
自分が、自分の人生の創造主になっているのです。

「人を信じられない。騙されるのではないか。」
そう疑っていると、その不安や疑いがそのまま投影されて
本当に騙そうとする相手を引き寄せます。

「意地悪されるのではないか」と、びくびくしていると
本当に相手の中の意地悪な部分を引き出してしまいます。



先の日記でそのように書きました。


昨日、買い物をしている時にふと感じたのですが。。。


人に依存するということは、どういうことでしょう。

それは、その人を怖がるということ。なんですね。


怖がるということは、相手を信じていないこと。
失うかもしれないと不安に駆られるのは、相手を信じていないことですよね。
そして、相手を信じられないというのは、相手を怖がっていることですよね。
そして、相手に振り回されて感情を乱すという依存もまた、相手に力を与えてしまっているのですから
やはり相手を怖がっていることになる。

となると、依存という感情は、単に依存したいされたい人を引き寄せるだけではなく
相手の中から横暴な支配的な部分を引き出してしまう、という可能性が出てきますよね。
これは、損です。とても損です。


そして、怖がっている人は、どのように行動するでしょうか。

「逃げる」「固まる」「攻撃する」この三つが、恐怖に駆られた人のすることではないかと思います。

そして、この中のどれかひとつが選択されることもあることもあるでしょうが、
この三つが変わりばんこに表れたり、混在していることもありますね。

「自分から逃げて相手を攻撃する」とか
「相手から逃げて自分を攻撃する」とか
「固まることで逃げている」とか
「固まりつつも、気持ちは攻撃している」とか

そのように紐解いていくと、思いがけなく自分の中の怒りに気がついたり
思いがけなく自分の中の恐怖に気がついたりするのではないかと思います。

「逃げること」と「攻撃すること」は間逆であるようでいて、実は同義語である場合があるのですね。
逃げてしまうことも、攻撃してしまうことも、恐怖から来ているのであれば、それを責めることにはほとんど意味がありません。
恐怖を感じる必要が無い時まで、恐怖を感じてしまう、その誤作動を、間違ったプログラミングを、正していくこと。
それが、必要なことであって、それが、人生を癒していく、ということなのでしょうね。

優しくなれない自分。心広くなれない自分を、恥じることはありません。
恐怖と戦って、いっしょうけんめい自分を守ってきたのです。
あなたは、本当は優しいのです。
優しい心を守るために、そうしてきたのですね。
でも、どんなに逃げてしまっていても、攻撃してしまっていても
あなたの本質には、傷一つつけられることは無い。
いつでもあなたは、まっさらな自分に立ち戻れる。
いつでも、何度でも、やり直せる。

果てしなく続くと思われる恐怖、依存の連鎖も、断ち切ることができるのです。

まずは、依存を生んでいる恐怖を、自分が目に見える世界として現実化させてしまっている心の中の恐怖を自覚するところから始めましょう。守らなければならないほど恐怖している、自分の痛みを癒すところから、そこから始めましょう。

大丈夫です。^^





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posted by 桜 美穂 at 21:31| Comment(6) | TrackBack(0) | アダルトチルドレン(AC) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月25日

生き方を改めるチャンスです。^^

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音声が流れ、素敵なことが起こります。。。。
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昨日から立て続けにエゴや依存についての日記を書いています。
それは、苦しみに閉じこもるものではなく、希望が見え隠れしているものであることは間違いなく、そこに希望をかけている自分の気持ちも全く嘘偽り無いものです。
でも、痛いですね。怖いですね。向き合うことは、痛い。自分の卑怯さに打ちのめされる。
こればかりは、目を閉じて切り抜けることもできないし、対処療法で痛みを和らげている場合でもない。
真正面から受け止めてどの感情も味わいつくすしかない。

自分のごまかしに気がついたら、いろんな感情が、かつてなく正直に自覚されてきました。
蝉の声が湧き上がるようにこみ上げてくる嫉妬や妬み。
こんな感情があったのかと呆れますが、此処を通らねばならないのですね。これもまた味わいつくすしかない。
そして、こうして書いていくことで流し去る。デトックスできると期待して、今はただ書いていこうと思います。



以前ボクシングで、内藤選手に卑怯な手段で勝とうとした亀田選手のことが思い出されます。


傲慢そのものの姿で噛み付きながら、大言壮語しながらも亀田選手が負けたとき、当然ながら彼はものすごく叩かれました。
でも、彼を愛している人、励まし応援する人もまた、たくさんいたのですね。

当時の亀田兄弟の態度やマスコミの態度、世の声を聞きながら、わたしは不思議な気持ちがしていました。
愛されようといっしょうけんめい真面目に生きていても愛されない人もいれば、こんなにむちゃくちゃなルール違反して、相手にも天にも唾を吐くような態度でありながら可愛がられる人もいる。
もちろんどちらのタイプも、全ての人に嫌われたり愛されたりということはない。どちらのタイプもそれぞれに嫌われたり愛されたりする。
しかしそれにしても、この違いは何なんだろうと、ちょっと考えさせられました。

そして、その違いは「自分に正直であるかどうか」ではないかなあと感じました。
たとえ大きな欠点があっても間違いがあっても、自分に正直な人は、それだけで人間的な魅力があります。
でも、大きな欠点がなくても間違いがなくても、自分をごまかしている人は、必ずその不自然さを悟られてしまう。完全に取り繕うことなどできません。取り繕おうとしてしまうその不自然さによって、逆に不快感を与えてしまうことすらあるでしょう。

大きな欠点を覆い隠そうとするのは、間違いを犯すまいとするのは
「欠点をなくそうとする正当な立派な努力をしているのだ」と思ってのことでしょう。
でも、本当のところは、「愛されよう」とか「非難されるまい」として、自分を放棄しているに過ぎなかったりします。

人は、自分で自分をどう扱うかによって、周囲の人に、自分をどのように扱って欲しいかを教えているのだ。と、聞いたことがあります。名言です。
自分で自分を放棄してしまっているような人を、どうして周囲は愛せますか。
愛されようと、不自然な努力をすればするほど、その人は自分を見失う。大事にできなくなる。
その結果周囲からも愛されなくなる。
自分で自分を大切にしていないから。。。

でも、性格が悪かろうがたくさんの間違いをしていようが、自分を肯定していられる人には魅力があって、それだけで磁石のように他人を引き寄せられたりします。
愛されようと自分を殺している人は、腹が立つことでしょう。
「自分はこんなに真面目に、こんなに他人のために生きているのに
 どうして、あんな人がもてはやされる?どうしてあんな人に友達がいる?」



そう思ったら、そう思っていると気がついたら、



生き方を改めるチャンスです。^^





あなたの人生が、優しく語りかけている。促しているのです。



「気付きなさい。気付きなさい。

 気付いて癒されなさい。

 もっとしあわせになりなさい。」



あなたは、愛されるべき存在。かけがえのない存在。
ただ一人で、溢れるほどの価値に満ち溢れている存在。
他人の賞賛も承認も、本当は必要としないほどに、満ち溢れている存在なのです。

それに、目覚めてくださいね。

目覚めるだけでいいのです。。。。^^




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posted by 桜 美穂 at 08:27| Comment(5) | TrackBack(0) | アダルトチルドレン(AC) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月27日

最大の影に向きあう。

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少し前の日記でも書いたように、自分が姉と同じであるという、最も認めがたいことを認めるとしたら
自分を理解することは容易くなる。そんな予感がある。
でもそれは、耐え難いことになる。

姉の中にある、自分が父を苦しめて病ませて、死に追いやったという罪悪感までもが、わたしのものとなる。
その可能性に気付いた時、自分は震え上がった。

わたしは家庭を守ろうとしたのだ。
姉によって痛めつけられていた父も母も、壊れようとしていた家庭もわたしは守ろうとした。
でも、守りきれなかった。
そう思っていた。

でも、わたしと姉が似ているとしたら
もしかしたら、わたしは自分で気がつかなかっただけで
姉と一緒に父を苦しめて、父を死に追いやった一人なのかもしれない。

そう考えることの、なんという恐ろしさであったことか。

でも、これもまた、わたしの心の奥底に存在していた罪悪感だったのだろう。
姉を通して、わたしはそれを知ることができたのだ。
知ることができるところまで浮かび上がってきてくれたのは、癒されるために他ならない。
うろたえるのはやめて、受け止めようと思う。
そしてもう、おそらく自分がずっとそうしてきたように、罪悪感で自分を切り刻むのは止める。



そして、わたしが姉と似ているのだとしたら
激しく憎み疎んじた姉のすべての性質もまた、わたしの中に存在していることになる。
わたしが姉に対して、そのように激しく反応せざるを得ないこと、それ自体が
姉がわたしの影である証拠。。。



これは、頭で考えていては到底まとまらない。
書くことでしか、まとめられない気がする。
考えていては、受け入れがたくて頭が拒否するけれど
書いていれば手が勝手に進んでいく。
ならば、書くべきなのだと思う。
書いていこうと思う。



いつも自分のことしか考えない姉。
自分をよく見せようと、自慢話と、知識のひけらかしばかり。
そして、相手のことは置き去りにして、自分が良く思われたいばかりで立ち回り
これほど自分は、自分を殺して頑張っているのに、
相手は自分を理解しないと見るや、態度を一変させ、暴れる。
物を壊す。暴言を吐く。暴力をふるう。
彼女は他人を理解しない。彼女の頭には、他人が存在しない。
だから、他人との心のつながりができないし、
絶望的に孤独である。
孤独であるから、人の愛を求めるけれど、つながりも求めるけれど
自慢話とひけらかしでしかつながれないから、頑張れば頑張るほど孤立する。
孤立するから、気持ちが荒む。外に当たれないから、親に当たる。
親を憎み、激しく罵倒する。暴れる。
でも、そうしながら彼女は、親無しでは生きていけない。
親に指図されなければ、一切の付き合いができないのだ。
だから、親戚や近所での集まりに出なければならないときは、おどおどと親の陰に隠れ
親の指図を待って、指図されるとおろおろと動く。
お茶を淹れる時も、お湯が適温に冷めるまでずっと待っている。
完ぺきにお茶を淹れて、自分が認められたいばかりで、相手が見えていない。
だから、お湯が熱いとか冷めすぎたとか言っている間に、客が帰ってしまう。
適温で完ぺきにお茶が入っても、それを出す間にぬるくなってしまうことに気がつかない。
そんな風に、自分に縛られて不自由なあまりに、何をやってもうまく行かない。。。

姉は、自分を守っていたのだと思う。
いっしょうけんめい自分を守らざるを得なかった。
だから自慢話や知識のひけらかしに頼らざるを得なかったのだ。
彼女の心の中には、本当は、決して傷つけられることの無い本質があるのだ。
それがただ眠っているだけなのだ。
きっと姉がすべての不安から解き放たれて、自分を守る必要がなくなるとき
姉は、本当の美しい姿に戻ることができるのだろう。魔法が解けるかのように。
すこし、姉に対する感情が溶けかけている気がする。
すこし、氷がぬるんでいる気がする。
わたしの心の中で、姉があたたかな像を結ぶまで、もう一息。
そう信じたい。

そして、わたし自身の中に同じ性質があったからこそ、姉がそのような性質を表したのだということを
わたしは実感できないけれども、そうと受け入れる。受け入れると決める。
認められようが認められまいが
認めたかろうが認めたくなかろうが
事実として受け入れると、そう決める。



さあ、受け入れた。受け入れると決めた。


何が起きるのだろう。。。




今日は、ここまでにしようと思う。


続きは明日。。。




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エゴに支配されないために。

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人生は優しいから

気付くべきことは、順番にひとつずつ与えてくれます。

一足飛びに難題を与えて、押し潰しにかかったりしません。


また、なんだかよくわからない、というような、曖昧な課題の出し方も、しないような気がします。

「ここを越えないと、次に進めませんよ」と、気がつくまで何度でも何度でも同じ課題を与え続けます。



何故か同じタイプの人とばかり縁があり、いつも似た苦労をする巡り合わせになったりしませんか?

いつも同じパターンで、同じ失敗を重ねていませんか?

同じパターンで、同じ苦労を重ねていませんか?



人生が、気付きを促しているのですね(^O^)



ここのところ、通勤中に同じようなことばかり起きていました。


信号無視して突っ込んでくる車。

左右確認しないで歩道を横断する車。

アイコンタクトをとってくれない運転手。

暴走自転車。。。



これは一体、どーゆーことでしょうか。


常日頃から「人を大切に」と心がけているのに、優しくなろうとしているのに


わたし、こんなに傍若無人な振る舞いをしているでしょうか?

こんなに他人も決まりをも無視して突っ走っているでしょうか?



そんなこたぁないだろう。。。┐('〜`;)┌



よくわからないので、あまり深く考えていませんでした。



でも、やっぱり、人生のやることに間違いはありません。法則は冷徹なまでどに緻密で、正確です。



認めたくはありませんが、全面的に前面に積極的に押し出しはしなくても、確かに自分の心の中には同じような部分がありました。

そもそも元から優しい人ならば、「優しくなろう」とはしません。する必要ありませんから。


そーゆーことです(-o-;)


あいたたた。。。(>_<)です。




性質は、どんなに隠しても否定しても、隠し通せることはありません。必ず表に滲み出る。必ず周囲に悟られてしまう。


そして、先の日記にも書きましたが、性質がどうであるかということ以上に、むしろ比べればそんなことはたいした問題ではないほどに、「隠そうとする」そのこと自体が問題なのだと思います。

隠そうとすればするほど、自然体でなくなる。自信がなくなり、自分が嫌いになる。自分がわからなくなり、周囲からも理解されず、愛されようがなくなってくる。




だったらね。


認めてしまいましょうよo(^-^)o


怖くても、認めてしまいましょ(^O^)


嘘をついてごまかす以上の害は、決してありませんから。




知られたくない、というエゴ。

実物よりも良く見せたい、という虚栄心。

わたしが わたしがと他を押し退けたいエゴ。


死ぬこともなく、無くなることもないエゴです。エゴだけを殺すことなどできない。

ならば、うまく付き合い、暴走しないようにうまく抑えるしかありません。



でも、一体どうやって?



とりあえずは、逃げない。

どの感情も満喫する。

苦しくなくなるまで、辛くなくなるまで直視する。

自分を責めたくなっても耐える。いたずらに責めて、自己満足して済む話じゃない。きっちり向き合う。

逆に、自分に都合が良いように解釈して、それだけで済む話でもない。解釈をはさまずにただただ耐える。直視する。



そのうちに、痛みや辛さに慣れてきます。
さくらみるくは慣れてきましたo(^-^)o


これから、もっと慣れるでしょう(^O^)



そうして、自分のエゴに気付いても、きっとうまくやり過ごせるようになる。振り回されず、責めもせずに、きっとうまく付き合えるようになる。


自分のエゴの姿をありのままに見つめ続ける。


そしてそれが出来るようになった時、自分を許して、受け入れられるようになったとき、他人をも許せるようになる。

そして、他人を許せるようになった時、今までよりももっと他人を愛し、今までよりももっと他人とつながれるように、なれるんじゃないかな。。。


どーかな。。。



などと、期待を込めて予想しつつ、

書くことでデトックスを得ていきたいと、書きに書いています。




先日ご相談を受けて、今まではしなかった、できなかったカウンセリング方法をしました。


こちらから分析やご提案を一切行わずに、ただ要所要所で質問だけをさせて頂きました。


そしたらその方は 質問に向き合われながらどんどんお心を深めていかれ、ひとりで答えを見付けてしまわれました。


その間、その方の思考をリードして、気付きを促してきたのが、今書いているこれら一連の、依存やエゴについての日記であったそうです。

自分のデトックスが読まれる方にもデトックスを起こしていることは知っていましたが、こうまで鮮やかに見せられると嬉しいですね(^O^)


開示するのは怖いこと。。。
でも、勇気を出した甲斐がありましたo(^-^)o



ありがとうございます。





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posted by 桜 美穂 at 19:33| Comment(10) | TrackBack(0) | アダルトチルドレン(AC) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする