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2009年03月19日

蛍と父と……それから夫



季節違いだが
ふと 書きたくなった

蛍の棗(なつめ)を持っている
棗とは、茶道で使う、抹茶を入れるための
ちいさな器のことである

父の形見だ

厳しい人だった
愛することには 絶望的に不器用な人だった

早くに実の母を亡くし
次いで父も亡くしたという

だから お父さんには 足りないところがあるの
許してあげてね

と 母はよく言っていた

およそ こころを通わせた記憶の無い父だが
ある日 土産にと渡された
それがこの棗だ

黒いつややかな漆に細い草が描かれ
三匹のちいさな蛍がいる
おしりにちいさな貝がはめ込まれて
微かに光っている

骨董屋で見た瞬間にわたしを思い出したのだそうだ


そう
わたしは 蛍であったのだ
さみしいこどもだった
父は それを感じていたようだ
なにも言わなくても

それは
父自身が持っていた寂しさだから
だから
誰に何を言われなくても
それを娘に見て 見抜いたのだろう

娘とすらも
あたたかい関係を築けないような
そんな
父の孤独など受け継ぎたくはなかった
長い間

でもそれも
今となっては
不器用な
父のいのちと愛のかたちであったのだと……
みずからの中の孤独の形を思うたび
受け入れてもいいと思う
それも いとおしいのだ

夫は優しい人だ
優しくあり通せる強さと 大きさを持った人

夫は
わたしを 蛍のように扱ってくれるのだ


あなたは知っているだろうか
蛍は ものすごくやわらかい
捕まえる時に 少しでも力を入れると
すぐにつぶれてしまうのだ

だから
蛍を捕らえるときは
両の手のひらで空間を作り
蛍の周りの草ごと 空間ごと 捕らえねばならない
じかに握ると
殺してしまうからだ
そうっと空間ごと手の中に持って
初めて蛍は光り始める
安心して……

夫のやり方もそれと同じなのだ
たとえ自分が嫌いなことでも
わたしにとって大切なものであれば 快く尊重してくれる

自分の思うままに 乱暴につかみかかったり
踏み潰しにかかったりしない

いつも
わたしの周りの空間ごと
ふんわり そっと すくい上げるように
扱ってくれるのだ

わたしは
大きなビニール袋に放り込まれた
ちっぽけな金魚のようだ
どちらに向かってどれだけ泳いでも
ぶつからない
壁に触れても痛くない
ぽよよよ〜んんんん
と やわらかく たわむ

父の元では知らなかった愛だった
わたしのありのままを 包み
生かしてくれる 愛だった


父が逝く二日前

いったん見舞った後で
容体が思わしくないにもかかわらず
子どもらの用事や仕事で
どうしても 帰らなければならなくて
どうしても 数日の間はすぐに飛んでいけなくて
でも 最後が近いのはうすうす感じていて

そんな時……

親友に
穴場があるからと誘われて
子どもらと車で見物に連れて行ってもらった

蛍の大群を見られる秘密の場所だった

こんなときに
よりによって蛍なのか
そう思った


大群の蛍は
あまりにも うつくしく
あまりにも 幻想的で
この世のものとも思われず
わたしは
何かをそのとき感じていたのだ

この世とか あの世とか
人は言うけれど
実は そんなに隔たったものでもないのだ と
何事も 偶然など存在しないのだ と
すべて 舞台は整えられているのだ と

あの 蛍の棗も
蛍取りに走った幼い日の河原も
忘れることのできない蛍の体のあまりの柔らかさも
儚いようでいて
いのちを燃やすかのような強い光も
その草のにおいも
それから
おとなになって初めて出会った
蛍を扱うかのような夫の大きな愛も
そして
そのときに わたしを包んだ
蛍の洪水のような光も

なにひとつ偶然でなく
まるで
幾重にも伏線の張られた
芸術的な映画のように
ひとつの真実をわたしに悟らせるため
父というひとりの不器用な人間の
しかし 真実の娘への愛を成就させるため
きちんとお膳立てされたドラマのようだった

死を控えた人というのは
しばしば
魂がからだの縛りを解かれ
時も空間も越えている としか思えない
不思議な叡智をのぞかせることがあるそうだ
父もそうだったのかもしれない

あの 蛍の洪水の中に
父はいたのかもしれない

生前ついにわかりあうことのなかった父だけれども
いま 父は わたしを知っている
わたしは それを感じるのだ
どんな霊能力者の手を借りる必要もない
愛していれば
人は 死によっても
なくならないものを感じられるのだと思う
むしろ
からだの制限を受けなくなったいま
霊のみが知りうる智慧によって
彼は わたしが自分を知るよりも
わたしの孤独を知っている

わたしが すでに父を許し 愛し始めていることも

そうだ
愛し始めているのだ
だから いま
この話を書きたくなったのだ

こころが揺れに揺れて 泣いてばかりいた
あまりの慕わしさに胸がちぎれそうになり
自分に何が起きているのかもわからなかった
でも わかってきた
癒しが 自分の中で進んだのだと思う
もとめているのは
あまりにも魅力的な ちょいわるおやじでもなく
あまりにも魅力的な あたたかさでもなく
わたしの中の
ちいさなちいさな子どもが
かつてないほどに正直に
父を呼び求めていたのだ と
直視することができず
記憶の中に埋めるしかないほどに強烈だった思いが
噴き出していたのだ と

なにか
大きな運命の手があって
それも
おおきなおおきな愛の手で
その手が
わたしの人生を
美しい蛍の光で
要所要所の見せ場を彩ってくれているかのような
そんな
そんな優しさを感じる

もう 悲しまないで
気づきなさい
気づきなさい

そう 言われているような
そんな気がするのだ


蛍にまつわる不思議なドラマ
これで終わりなのだろうか
それとも
本当のクライマックスは
これからなのだろうか






わたしは、長い間父に反発して生きていました。自分がアダルトチルドレン(AC)から回復するためには、父と距離を置くしかなく、とのため父とは数十年にわたり、冷え切った関係でした。
しかし、心の中には思いもよらない父への思慕があった。。。

これは、わたしが始めて自分の中に父への思慕を強く意識した、二年前に書いた詩です。
もう死んでしまった父ですが、相手が死んでしまったらもう和解はできないなんてことは無い。だから絶望する必要はない。わたしはそう信じているのです。

まだ、この時の文章は青くて固くて、おいしくないですね。
これから、わたしの父への思いは更に癒されて、どんどんとやわらかな、温かいものになって行きます。

その経過を、連続シリーズで書いていこうと思います。





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2009年03月23日

本当は深かった父への愛(澤谷先生の7/13のセミナーに参加して)

思い起こせば
初めてお付きあいした人は 8歳年上
お次にお付き合いした人は 17歳年上

主人は2歳だけ上ですが
おだやかに 人生を超越した方ですから
満足しきっております


さて
年上の男性が好きです
惹かれます
早い話が ファザコンです

ストイックなスーツが好きです
メガネに弱いです
深い精神性や包容力などお持ちですと
もう、めろめろになります♪
そーいえば 最近そんな方に出会ったよーな気がします

ああ そーです
マイミクの 澤谷先生ではありませんか(^O^)

御年58歳と おっしゃっていましたっけ
なんと
ど真ん中ではありませんか♪



などと 言いつつ。。。ふと 思いました

「どうしてこんなに 年上の方に
心引かれるのだろう。。。?」




わたしは 理由のない強烈な不安にずっと苦しんできました
覚えていない 幼い頃の記憶がフラッシュバックするたびに
尚更不安が強まり 苦しい思いをしてきました

原因はわからない
ただ 父親の記憶が甦りかけるたびに そうした状態になるので
どうやら 父親に関係がありそうだ
ということだけ なんとなくわかりました

心理療法では このような場合
抑圧された記憶を再体験して
当時 受け止めきれなかった体験を
もう一度 心理的に受け止め直す という作業をするようで

わたしも その原則に添って
記憶を取り戻そうと 必死にたぐっていました


記憶を少しずつ取り戻し
だんだん核心の記憶に近づいてくるからなのでしょうか
フラッシュバックの度に不安はだんだんとひどくなり
遂には、身体症状が出るようになりました


あるカウンセラーは わたしの抑圧の強さを見て
父親に関して わたしが
何か 生き死にに関わるほどの恐怖の体験をしているのだろう と 言いました
いきなり 記憶のふたを開けるのはあまりにも危険であると

しかし 自分でも訳のわからない不安や恐怖に
潜在意識レベルで 日々絶え間なく影響されている というのは 本当に 我慢のならない状態です

いくら 意識的に頑張ろうとしても
後ろから どんどんエネルギーが漏れていくもどかしさには
ほとほと 愛想が尽きていたのです

フラッシュバックが強まるにつれ
苦しみからネガティブにはまりこんでしまい

その結果
当たり前のように、自ら自分の生活にトラブルを引き寄せてしまうことが続き
何とかせねばと追われるような思いもありました


わたしは 自分の不安に分け入ろうとしました

フラッシュバックをむしろ求め
それを通して奥に潜むものを 引きずり出そうとしたのです

素人が 無茶なことをしたものです
フラッシュバックの波は激しさを増し ひとつのフラッシュバックが別のフラッシュバックを呼び
普通の生活までが 難破しそうになっていましたね

そんな中で参加した 澤谷先生のセミナーでした

そしてそこで 人生で出会う悲しみは すべてデトックスであること
フラッシュバックもデトックスであることを学びました

耐え難いほど揺れていた船の舵を
再び しっかりと握り直せた思いがしました

悲しみも苦しみも 避けたり対抗したり 敵対したりせず
すべてを 癒しの幸いな痛みであると
初めて力を抜いて 受け入れることができました




さて その夜のこと


フラッシュバックが デトックスであり 幸いな痛みであるのなら
苦しみ以外のフラッシュバックがあっても 良いではないか。。。
と ふと気付きました

そして このファザコンの思いに 目を向けてみることにしたのです


思い出しそうになる度に全身が拒否する父親の記憶

でも 意識の上では 父の立場も認め 受け入れられるようになってきていましたから
もう一歩進んで 父親への愛を 見つめてみようと思いました

自分の あまりにも強いファザコンの中に
実の父親への思いが 隠れているはずだと思われたのです


そして その夜遅く
何もかも受け入れてくれる主人の懐を借り
心理的に 赤ちゃんに戻ることができました

自分の思いや状況が うまく出揃って過去の体験や記憶とリンクするというのは
めったにあることではないのですが
このときは 本当にうまくいきました


自分の素直な心の底を覗いて見たときに

自分の中にある「父なるもの」への思慕が
どれだけ強烈なものであったのかが わかりものすごく驚きました

「父なるもの」を求めて 素直に泣くことができた時

ずっと 父を否定して反抗したり 強がったり
父を憎んだりしていたけれど
本当は 幼いときにこのように泣きたかったのだと
このように泣き続けて 父に愛を求め続けるべきであったのだと 思いました

泣き続ける間 主人は側にいてくれましたが
それにも関わらず わたしの心は「振り向いてもらえない」という 強い感情で圧倒され続け
その後 数日間 泣き続け
ようやく 落ち着いてきました


父親に対するデトックスが 一段落ついたのだと思います

どちらも困難とはいえ
恐怖や不安に直面するよりも 愛に直面する方がずっと素敵です


デトックスが終わり 父親ほども歳の違う男性に あまり依存的な感情を感じなくなりました
依存的というよりも 共感を覚えるような 親しい感覚です

痛みはまだありますが それも 愛の光の中で見てみれば
心地よい痛みですらあります

まだ残っている痛みや依存的なものは
一生かけて癒し 消していくものなのかもしれません

ほんとに 一生かかるのかもしれない

でも 痛みがあるからこそ
戦うべき依存が自分の中にあるからこそ
人生は 素晴らしいのだと感動的なんだと
思えるようになりました


目を上げて
いつも 高いところ 明るいところを見つめ続け
自らの力を信じて
色んな闇にも 波風にも
振り回されずに生きていけると
深い力をいただいたセミナー
前回同様、いつもながら本当に不思議な あたたかな 静かな そして力強い
他に類を見ないセミナーでした

また また 参加したいです(*^_^*)


2008年07月17日 mixi日記より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=872492254&owner_id=3249250

※澤谷鑛先生のホームページ
 WEB SITE OF KOU SAWATANI
 http://www.kou-sawatani.com/




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2009年03月25日

お父さん ありがとう。

 「女の子は お父さんとの関係が良ければ 幸せになれる。」

昔 尊敬する先生が そんなことを言われていた

 「お父さんに対して処理できない感情があるのなら
  結婚前に お父さんとの間で解決しておくことが大事なんだ。
  でないと 幸せになれないことが多いと
  経験上 僕は思っています。」

朝日新聞の記者上がりの、近代女性史の教授さんの言葉だった。
初めてその方にお出会いしたときに、その方の発される人間的なオーラのまばゆさに圧倒されてしまったのを よく覚えている。
大人への失望を感じていた、生意気な小娘だった当時のわたしは
こんなにも大きく深く 自分を圧倒する大人がこの世にいたことに
震えるくらいに喜び 感動した。
それから その教授は学長に就任され、今はご高齢のためか あまりお見かけしないが、つい数年前までは関西の新聞やテレビでご意見番を務めておられた。。。。


話を戻します。

心理学者でもないこの先生の意見が的をついている、と感じる女性は 少なくないと思います。
父親に対するマイナス感情は、その娘の異性に対する認識にもマイナスの影響を与えます。
そのような女性が結婚すれば、おさらその影響は強くなり
配偶者に その不満をぶつけてしまったり
愛情に陰りを生んだりしてしまいがち。

そして 父親への理解や感謝の思いが無いことが
その人の人生にそのまま跳ね返って来て
その人自身も 理解や感謝を得られない
という状況を招いてしまったりします。

少し前にベストセラーになった『鏡の法則』も、それがテーマになっています。
人生は 複雑なようでいて 実はとてもシンプル。
投げたものが、もれなく引力の法則により落下してくるのと同じに
自分の行いや自分が発している念は、そのまま自分に戻ってくる。
だから 自分が受けているものや状況を変えたいのなら、自分の思いと行いを変えればよい。ということになります。

思いきって言ってしまえば、単純きわまりないこの法則で実は、すべての問題は解けるように思います。


しかしわたしには わからないことがありました。


わたしは父親を 和解しないまま亡くしています。
父親には、感謝どころか、激しい反発や嫌悪の思いしかなかった。
父親は 権威や力で押さえたり、強制や管理でしか愛情を表現できない人でしたから、
わたしは 自分が潰されないために
逃げるしかなかったし、反発するしかなかったのだと、今でも思います。

でも、今の主人は、惜しみなく、まるで親のような無条件の愛で
わたしを包んでくれている。


これは 法則に反しているではないか?



この疑問にヒントをくださったのが、マイミクの澤谷先生のご本でした。


日記の最初に書いたように、
自分が他の人から無理解や意地悪を受けているとしたら
それは、
自分が 誰かに同じことをしているから。

そしてそれは
またちょっと横道にそれますが。。。
バチが当たる というような話ではなくて、

自分のしていることに気付きなさい

「気付いて 手放して
 そして 幸せになりなさい
 自分が 自分で不幸を作り出しているのだと 気付きなさい」


慈愛そのものである天が、優しく優しく
状況を通し、人間関係を通し

「悟りなさい
 気付きなさい
 不幸に向かう方向を変えて 幸せになりなさい」

そう、諭してくれているのです。


そして、澤谷先生のご本によるとこの法則は、
ネガティブな出来事に対してのみ働くのではありません。
愛は愛を引き寄せるのです。

そこに気付いたときに するするとほどけるように見えてきました。

主人がわたしに注いでくれる、身に余るような
親としか思えないほどの無条件の愛とは。。。。

もしや 父親の愛の生き写しではないのか。。。。。


力や権威を振りかざし、押し付けることでしか愛を表現できなかった不器用な父親だったが、その裏には 紛れもない真実の愛情があり
その父親の愛情が、
「わたしと和解したかった」という父の願いが
「わたしを力ではない方法で愛したかった」という叶うことの遂になかった父の強い思いが
主人という深い包容力を持つ伴侶を、わたしの人生に引き寄せたのではないのか。

ならば、主人のわたしへの無条件の愛の中には
父の真の愛が 生き写しに現れているのではないか。

だからこそ わたしは、他人からは普通ならほとんど期待できないほどの、身に余る受容を得られているのではないか。

わたしは、では、愛されていないと寂しく思っていた父から
実は こんなにも愛されていたのか。
実は、主人を通して父の愛を受けていたから
だからこそ、わたしは、いまこんなにも幸せだったのか。
気付いていないだけだったのか。


自分の気付きに興奮して、澤谷先生にご報告したところ
「さくらみるくさん それが正解です。」とのコメントが。。。
嬉しかった。本当に嬉しかったです。

それからわたしは 、いっそう 主人に感謝するようになりました。
甘えることの苦手なわたしは、主人が家事を手伝ってくれることも
素直に受けることができなかった。
主人に家事を手伝わせてしまう自分を責めてしまいがちだった。
でも 主人の中に父のわたしへの愛を見るようになってから
そんな自責や頑なな思いが溶けはじめて、素直に感謝することができるようになりました。


「お父さん ありがとう。」と
今は亡き父にリアルタイムに感謝できる幸せ。。。。
感謝すればするほどに、癒しは進んで行きます。

この前のお盆に夜中、主人の体調が悪くなり
主人が布団の上に突っ伏したことがありました。
しばらく休んだらすぐに落ち着いたのですが
不思議なことがありました。

ナイトランプの薄暗い中で主人の背中をさすりながら
「あ。。。。 いま わたしは
 主人の背中と一緒に 父の背中をさすっているのだ。。。」

と、感じたのです。
父が病気で苦しんでいた間、最期を迎えて苦しんでいた間
こんな風に背中をさすってあげられなかった。
いま その分も父に、届くものならば 届いてほしいと。。。

そのとき、主人の大きな大きな背中をさすっている自分の手が
まるで、小学生か幼稚園児のように、小さく小さく見えたのです。
まるで 風呂のお湯の中で 光の屈折が起きているかのように。。。
見間違いだと思い、何度も目を凝らすのですが やはり小さい。

わたしは、実はとても手の大きい人間で、昔から自分よりも手の大きい男性には、主人以外ひとりも会っていないのです。
ですからいくら主人の背中が大きくても、いくら薄暗がりの中でも
自分の手がそんなに小さく見えるのはやっぱり不思議。。。

なんだったのでしょうね

奇しくも お盆。。。

わたしの思いは 父に届いたような気がします。^^


これからは、主人に父を求めるのではなく
本当に、対等に助け合い支え合う関係を
新しく求めていきたいと思います。

自分の愛が自分の娘に伝わったいま、
父の次の願い 、なる願いは
わたしが、幸せになることであるはずだから。。。



2008年08月21日 mixi日記より。


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2009年03月31日

ハグの奇跡〜矢野惣一さんの家族ワーク〜

今日(2008年11月24日)は 新大阪丸ビル本館で、心理療法家の矢野惣一さんの家族ワークに1日参加しました。

先週は 矢野さんのお弟子さんでありマイミクのぢんのすけさん(心屋さん)の個人セッションを京都で受けましたが、なんと、今日ワークショップがあった新大阪丸ビル本館の近くの新大阪丸ビル新館では、そのぢんのすけさん(心屋さん)が ワークを開催しておられました。
思わず、ご挨拶に伺いそうになりました。


今年に入ってから、カウンセリングやセミナー セッションをいろいろ体験してきましたが、そのうちのいくつかは非常に似ていました。
その類似点とは、まずは心の中の恨みや悲しみ、怒りを吐き出し(デトックス)。その後、心にできた空白を愛や理解、共感で満たす。というものです。


初めてこの方法を、引き寄せの法則と共に非常に日本人的な、深い情緒でもって教えてくださったのは、澤谷鑛先生であり、それをセミナーとカウンセリングで具体的に導いてくださったのは、澤谷オフィスの桑名正典さんでした。

思いのたけを書きなぐり、出せる限りの悪感情を紙の上に吐露し(デトックスワーク)、その後、相手に対する愛と理解をインプット(愛のワーク)するのです。

澤谷鑛先生と桑名正典さんお二人のお話は、魂に初めて流れ込んだいのちの水のように命を甦らせ、幸せに向かう新しい人生観を植え付けてくださいました。今の自分が、どんな嵐にも進む方向を見失わずに破滅もせずにいられるのは、このお二人のおかげです。光が見えずに迷うときも、お二人の言葉が灯台の役目を果たしているからです。本当に感謝です。

また、澤谷先生に教えられたデトックスワークは、見えなかったたくさんのものを見せてくれるものとなりました。

しかし、わたしにはどうしても越えられない限界がありました。
わたしには、幼い頃の記憶がないのです。

いくらデトックスワークを繰り返しても、ある程度のところまで来たら、それ以上の記憶のないところには、手が届かなくなってしまうのです。



この限界を破ったのは、心屋さんのやり方でした。
こちらの問題を整理しながら、デトックスを行い、許しに導かれるのは同じですが、心屋さんの方法だと、体とイメージを使います。そのためか、思わぬ本音が次々に飛び出し、するするとデトックスができてしまいました。何十年も堆積したマイナス感情が、こんなにあっけなくするすると解消するなんて 信じられないほどで、素晴らしかったです。

そして、その後しばらく腑抜けになるくらい幸せな穏やかな日を体験した後で、主人との間の溝がすっかり解消されたあとで、記憶の底から 更に深いものが出てきました。
正体はわかりませんが、真っ黒でねばねばしたもので、噴き出せるきっかけを求めて荒れていました。

そして、今日の矢野惣一さんの家族ワークです。
家族をテーマにしたもので、相談者の本人とその関係者の代役を立て、
目の前でお互いの位置を変えながら、それぞれの感情の動きを探り、
お互いにとって最適の位置を見出そうとする試みを通してお互いを理解し、愛と理解に至ろうとするものです。

矢野さんは非常に上手に誘導されますので、集団ワークの中で何が起きていたのかを説明するのは難しいのですが、目の前で家族ワークをしている人も、見ている人も、等しく癒され、どんどんデトックスされて愛に導かれていくことのあまりの不思議さに非常に驚きました!


今日のワークの最後はフリーハグ。。。

8時間のワークで全員が本当のひとつの家族 親友のようになり、泣きながらお互いの痛みをいたわり、解放を祝い、本当に自然にはぐしあったのです。
。。。。。。。。。。。。

ハグは、日本人にとっては、まだまだ馴染みがありません。相手が異性なら尚更です。
恋人でも配偶者でもない人には頼みにくいですし、
いくらセラピスト相手でも、ふたりきりのセラピールームで
熱烈ハグをお願いするわけにもいきません。
こんなに自然な素晴らしいハグができるチャンスは、一生に一度か二度しかないと思いましたね。

心の底まで、幼子の心がとろとろに溶けるような、誠心誠意の渾身の、本当に丁寧な「父のハグ」にも恵まれました。生まれてこのかた、ずっと求め続けてきた愛に包まれたかのようで、芯の芯からものすごく癒されました。

もう、このまま死んでもいーかな。。。と思うくらいしあわせです。。。。

月いちで、父のはぐ、体験したいです。
そしたら、どんな困難も、たやすく乗り越えられそう。。。


ただ「抱きしめられたい」だけで相手を渡り歩く依存症の人が思い出されました。
心からの望みはただ「抱きしめられたい」だけのことなのに、それだけで済まずに、心身を傷つける悲劇は、あまりにも痛ましい。。 本当に、見ていられないほど痛ましい。。 その方々が、もうひとりの自分に見えるからかもしれません。

ハグの奇跡を、地に満たすことはできないものでしょうか。
この世を、ハグの楽園にすることはできないものでしょうか。

心から、そう願ってしまいました。




2008年11月24日のmixi日記より


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2009年04月01日

矢野惣一先生の家族ワークの大きな大きな癒し。

矢野惣一先生の家族ワークで体験した「父のハグ」は、わたしの心の底の底まで満たし、とろけてしまいました。
詳しくはこちらをご覧くださいね。
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後から聞いたところによると、ハグしてくださった方も
とろとろにとろけておいでであったそうです。

本当に不思議でならないのですが、わたしが体験した矢野先生の家族ワークに、相談者本人は最後のまとめの場面にしか、直接登場しないのです。
それまでのすべてが代理人同士で行われる。
なのに、その代理人同士が自分の置かれた位置で家族を見て、その位置関係を自分の感情で感じ、自分の言葉で表現し、自分の楽な立ち位置に動きあい、お互いに良い場所を探すこと、その中で動いていくお互いの感情を語り合うことで、なぜか癒しが起きるのです。
しかもその癒しは、相談者本人も、代理人も起きますし、それを見ている周囲の者にも起きるのです。

代理人は、相談者のことを何も知らない。まったくの他人同士です。
なのに、代理人は驚くほど本人の気持ちを代弁できるのです。
そこから得られる深い洞察を思うと、その驚きは卒倒モノです。

また、ひとつひとつのワークで、その都度参加者が役割を交換するわけですが 、そのワーク同士の中でも不思議なことがありました。
一人が誰かに傷つけられた苦しみを抱えて相談にきたら、その次のワークではその、傷つけられたと仰っていたご本人が、今度は誰かを傷つける役を偶然に指名される、ということが、ほぼすべてのケースに全員に起きていたのです。
この不思議さには、鳥肌が立ちましたね。。。。。

それはまさしくシンクロであり、引き寄せの法則であり、鏡の法則。。。
きっと、現実世界でも同じことが起きているのでしょう。
参加者は、あまりの不思議さに舌を巻き、言葉を失い、ただただ圧倒されていましたが、
言葉を発するに至らない参加者のひとりひとり、すべての人の中にも
これと同じ共鳴や変化、投げかけられた答えがあるに違いないと思われました。
その場でそれが得られなければ、帰宅した後の日常生活の中で、必ず何かが起こっていくでしょう。
人間には自然治癒力があり、自然にはバランスをとろうとする力が働きます。人生もまったく同じであり、何の例外も無いのですね。

ワークの性質上、すべての方が相談できないということを承知の上での今回のワークショップでしたが、矢野惣一先生のお弟子さん方の愛ある多数のご参加に支えられて実現している場でありました。
普通、自分が相談できないかも知れず、他の人の話を聞くだけで終わるかもしれないワークに、お金を払って参加したいと思う人は少ないでしょう。でも、参加するだけでこれほど癒されるからこそ、開催されているワークなのだと、参加して初めて分かりました。
本当に素晴らしい場でありました。


わたしは、最後まで相談はできませんでしたが、そんなことは何の問題でもありませんでした。自分の問題は、すべて目の前のワークで語られたからです。
自分と生き写しのような役割が語られたときは、(これは自分が当てられるな)と、最初から分かりましたし、自分と良く似た人がワークの重要な役割であったときは、解決と共に自分も癒されました。

最後にひとりの人が、幼い心のままにお父さんお母さんの代役に
寂しさを叫ばれたとき、お父さんお母さんの代役が心から謝罪されたとき、何十年も言葉にならなかった思い、言葉にしたくて吐き出したくても、自覚すらできないほど深く封印されていた思いが破れ、流れ出しました。

うすうす感じてはいましたが、わたしは憎むと同じくらいの激しさで、父を愛していたのです。求めていたのです。

ワークが終わっても自分の思いは宙ぶらりんなままでした。
何十年も固い鎧に隠していたやわらかな思いがむき出しになったままで、その頼りなさを怖いと思いました。本当に怖かった。

でも、ありがたいことに、矢野先生が最後に設けてくださったハグの時間に、その思いをお父さん役の方、寂しさを叫んでくださった方などに受け止めていただいて、
特に、「お父さん」には、形だけでない、本当に深い愛と受容で受け止めていただけて、涙で涙で、とろとろになりました。

この幸せも、いつかは穏やかに消えていくのでしょうか。。。
今の自分は、求め続けたものを得られた幸せに、
本当に、これでいつ死んでも構わない思いです。
こんな幸せがあったなんて。。。


人の心は複雑です。
いろんな要素が絡み合い、関連しあう。
その状態にぱちりと合えば、するすると癒しが起きる。
でも、ほんの少しのずれがあると起こらない。。。。

でも、こうして癒されてみて確信することがあります。
人は誰でも「癒されよう」とするのです。
失われたものを取りもどし、見落としていることを気付こうとするのです。
自然がみずからの自浄作用でバランスをとり、回復しようとするのとまったく同じように。

胸がざわつくのは、苦しむのは、痛むのは、「気付いてくれ」という心の叫び。
問題が表れるのは「癒されたくて」表れるのです。

向こうから癒されようとして表れるのです。だから、あとは自分の側からそれに答えるかどうか、だけなのです。
時間はかかるかもしれない。それでもたまねぎの皮をむくように、一枚一枚はいでいけば、必ず芯にたどり着けるのだと思います。
そう信じて来ました。そして、そうなりました。

他の人にも、信じてあきらめないで
癒しを得ていただきたいと願わずにいられません。

ひとりの終了生さんが、
「自分が癒されないと、始まらない」と言われていました。
たとえ、何十万かけてもどれほど時間をかけても、必ず癒えて見せると今年の初めに決めたあの決断は、正しかったのだと思います。
本当に、自分が癒されないと、何も始まらないのです。
自分もわからないし、まして他人のことなどわかる余裕も無い。
何もかもを、自分の痛みという色眼鏡を通してしか見られないから
何も決められない。何をしたらいいかも分からない。
自分も愛せないし、人も愛せない。。。
こんな状態で、どうして本当の人生を生きられるでしょうか。

癒されねばならなかった。なによりも全力を挙げて、癒されねばならなかったのです。
それが自分のため、他人のため、家族のため、使命のためだったのです。

どういうわけか、自分には、きついとはいえ癒しに費やせる時間とお金と体力と心が与えられた。
それは、自分が癒しを得た後では、それを他の人のために使早稲手いただくという使命があるからだと、思わずにいられません。
何ができるのか、これからゆっくりと考えていこうと思います。

澤谷鑛先生、桑名正典さん、EFTのぶれんださんやchunsanさん。心屋のぢんのすけさん、矢野惣一さん、さばちゃんやθさん、ちゃおまなさんやありがとさん、shinoさんといったセラピストのマイミクさん。セラピストさんで無いたくさんのマイミクさん。

どのかたがおひとりおられなくても、自分はここまでこられなかったと思います。
心から、あなたがたに感謝を。。。

そして、またこけたときには、よろしくお願いします。
ありがとうございました。
ほんとにほんとに、ありがとうございました。



2008年11月25日mixi日記より


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

≪参考≫
矢野惣一 心理療法家。

『いいことが次から次へと集まってくる 幸せの流れにのる方法』徳間書店
『自分をあきらめないで。絶対上手くいく!』三笠書房
『癒されながら夢が叶う!問題解決セラピー』総合法令

心理療法を占いと同じくらいポピュラーなものにすることで、多くの人が、自分の力で幸せになれるようにと、日夜精力的に活動されています。

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「頑張らないで幸せになる無意識の使い方」
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。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


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2009年04月02日

父が生前愛した歌

昼御飯を 食べに入った店で
シャンソンが流れていた

「パリの屋根の下セーヌは流れる」

だったと思う


シャンソンと言えば 「愛の讃歌」のピアフが有名だけど

父が 生前愛したのは
ピアフではなく この歌を歌っていたリュシエンヌ・ドリルだった

ちょっとはすっぱな 下品すれすれの艶のある 魅力的な声だ



聴いていたら 涙が出てきた



戦争の傷からか 父は極端に美しいものを愛した

高尚なものを愛し 追い求めた

結婚して子どもができず
諦めかけたころに 9年もしてから初めての子どもができた


女の子だった


共働きで旧家の家屋敷と田畑を維持しなければならず

女の子は お手伝いさんの手で育てられた


そして 更に9年が経ち

再び 思いがけなく女の子が生まれた

18年ぶりに生まれたこの女の子


これがわたし



父親とは 娘がとりわけ可愛いらしい


まして 孫ほども年が離れたらなおさらだ


両親 特に母と早くに死に別れている父は 絶望的なほどに 愛することが下手な 不器用な寂しい人だった

大学教授で 信長みたいなかんしゃくもちの父の思い出を慕い
猛勉強して 生前父が勤めていた東京の大学に自分も行こうと頑張った

父には それ以外の選択はなかったらしい

早い話が 父もファザコンだったのか?(^O^)


人付き合いの苦手な父は 高尚なものを愛し 世俗を嫌った

古き良き日本を愛し 理想を失い堕落した軽薄さに傾いていく時代を憎んだ


そう

今ならわかる


父は 必死に生きてきたのだ
必死に生きなければならなくて 他人を受け入れたり思いやる余裕がなかっただけなのだ


父は 深く深く 娘であるわたしたちを 愛してくれていたのだ


父は 愛する娘たちが 汚ならしく軽薄な世俗に染まることが 許せなかったのだろう

だから わたしたち姉妹に 一切のテレビや歌謡曲を触れさせず 漫画や口ずさむ歌ひとつにも厳しかった

そんな父が 天使のような澄んだソプラノよりも

娼婦のようなはすっぱなシャンソンを好んだとゆーところがまた

人の人たる おもしろいところだ o(^-^)o




お父さん あなたはほんとうは
人生に 何を求めていたのでしょうね




あなたの愛した娘のひとりは
高い塔に閉じ込められたラプンツェルのように
今でも 狭い価値観の外に出られないまま弱り果てている


そしてわたしは あなたに反抗し
あなたが蔑んだ あなたの言うところの「ああいう人種」「ああいう連中」と呼ばれる人達と生きることを選んで 飛び出した


あなたが その偏屈さで激しく断罪し 傷付けた人々の側に立とうとした


そしてあなたは
そんな娘と和解もせぬままに逝ってしまった。。。




わたしのしたことは 正しいことだったのだろうか

今になり ふと疑うことがあるのだ





でも それで 良かったのだろうな
きっと何度生まれ変わろうとも
わたしは同じことをしただろう


わたしの子どもが 身を削ってまでも
病気や不登校などのトラブルで
わたしに 幸せへの道を教えようとしてくれているのと同じように

わたしもまた 命がけの苦しみにより 父に何かを気づかせようとしていたのだろう

高い塔に引きこもっている姉もまた
意識しないままに
自分の命と人生すべてをかけて 父に 母に 大切なメッセージを発信し続けているのだろう


わたしの苦しみも 姉の苦しみも
わが子の また両親の苦しみも
すべて すべて つながっているのだ

すべては あってよかったのだ


そうなんだ


問題など 本当はなかったのだ

何もかもが あるがままで 既に完璧だったのだ。。。



現状を改善もしないで放置したら良い というわけでは もちろんない


ただ 「実は問題などないのだ」ということに目覚めると
「問題だ」という決めつけで物事を見なくなるためだろうか
楽になるし 感謝が湧いてくる

そして そうなると
問題は 本当に「問題である」という存在価値を失い
自然に好転して消えていく
ということなのではないのだろうか



感謝していってみよう

必ず 光が満ちてくると思うのだ


何もかもに ありがとう

リュシエンヌ・ドリルにも♪

父が忌み嫌った すべてのものにも。。。
父に忌み嫌われた わたしの一部にも
父が愛した わたしの一部にも、だ

そのどちらもが わたしなのであり
そのどちらもが 本当は父自身なのだから


美しいものも 醜いものも
どちらも 揃って
父の中に お戻りなさい
仲良くね。。。♪


不器用だったお父さん
どうぞ、誰よりも何よりも
ご自身との和解を果たされてくださいね

お目にかかったことのない父のお父さんお母さん

父をよろしくお願いいたします




光が 満ちますように。。。(*^_^*)



2008年11月28日のmixi日記より




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2009年04月03日

吹き荒れた「父のハグ」余波の嵐。

心理療法家、矢野惣一さんの「家族ワーク」で、大きな大きな癒しを体験して、父に対するデトックスが、ほぼ完了しかかっている感があります。昨日は初めて、父に対して血の通ったあたたかな思いがほとばしり、幸せな思いで詩を書くことができました。

すべての人が、実はつながっていること。
自分が気付かなかっただけで、本当はいつも人の愛やあたたかさは
自分に降り注いでいたのだということもわかり、何十年も堆積したACの生き辛さや、不安、孤独も、きれいに溶けて流された気がしていました。

しかし、その癒しがあまりにも急激であり、あまりにも凄まじかったために、一時は強烈な揺れ返しに見舞われ、寝込みそうになりました。

こーゆーことは、通り過ぎて初めて書けるものです。。なので、
時が前後しますが、ここで書いておこーかなと。。。。^^


「ハグの奇跡」
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「矢野先生の家族ワークの大きな大きな癒し。」
http://sakuramiruku.seesaa.net/article/116513408.html

にて、書いていますが、家族ワークで体験した「父のハグ」は、父への満たされなさを感じてきたわたしに、すさまじい癒しを引き起こしました。

何十年も堆積した寂しさが一気に満たされた幸せに、当日は、雲を踏む思いでどこをどう歩いたのかもわからないで帰りましたし 、翌日も信じられないほどの幸せと平安でいっぱいでした。本気で、もう死んでもいいと思いました。

父に対する寂しさを満たそうとする思いは、いろんな依存への衝動を自分の中に起こし続けてきていましたが、それもぬぐわれたかのようにきれいに無くなってしまった。怖さも不安もさびしさも依存も、なにもかもが無くなってしまった。こんな幸せが、自分の人生にやってくるなんて、想像もできないことでした。望み続け、必ず手に入ると信じて求め続けてきた癒しを、とうとう実現できた幸せで、いっぱいでした。

そして、その後で「嵐」がやってきました。



長くなりましたので、つづきは次回に。。。^^



2008年11月29日のmixi日記より。



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吹き荒れた「父のハグ」余波の嵐。その2。

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音声が流れ、素敵なことが起こります。。。。


初めてわたしに、引き寄せの法則と、
人生についてたいせつなすべてのことを教えてくださった先生が、
澤谷鑛先生でした。


(ことあるごとにお名前を出していますが、
 別に広告塔をしているわけではありません。^^;)


澤谷先生は、わたしにとって、父の面影をお持ちの方でありました。
それで、わたしは、ただ先生を先生としてご尊敬申し上げるにとどまらず
先生に父を見て、父に対する思慕の思いを感じておりました。
本当に大好きで、逆に近づけない先生でありました。


長い間父に反抗し、断絶状態であったので、
わたしの中には父を慕う感情は見つからなかったのですが
「見つからない」ということは、本当はどういうことかというと、
「親子なら当然あってしかるべき感情を抑圧している」ということです。
そして、「抑圧されている感情」というものは、たいがいは不必要に膨れ上がって、
無意識の領域から意識の領域を脅かすものです。

幼い頃からファザコンであったわたしですが、それが父を求める思いの裏返しであっただろうことに、だんだんと気付いてきていました。



ですから、いつも澤谷先生や年上の男性に対する自分の感情に気をつけていました。

癒しへの試みを重ねて、自分の感情のふたが開きかけている時でしたから、時に父への感情が噴き出してコントロールが難しく
「父なるもの」への思慕と、父性を持って「今目の前にいる人」への思いを混同してしまうのです。


混同しないように、また「目に見える人」に依存しないようにとの必死の努力。。。。。

(でも、今となっては思うのですが。。
「依存するまい」と頑張らなければならないというのは、既に依存しているということなんですね。やっぱり。。。^^; )

この思いを整理しないうちは、澤谷先生にお目にかかってお話しすることはできないと感じていました。



矢野惣一先生の家族ワークで癒されて、自分の中にそうした依存的な感情が無くなったことを感じて 、わたしはとても嬉しかった。
依存している以上、本当の自分を見つけることはできないし、自分の幸せを自分で築いていくことは難しい。
そして、依存しているうちは、どれほど望んでも相手の方との真の関係を築くこともできません。
それがわかっていたから、嬉しかった。



あまりに嬉しくて、わたしは澤谷先生にメールを出しました。

相手の方に依存している状態で、「依存しています」とは書けません。
こーゆーこともまた、通り過ぎられてこそ書けるものです。

依存していた自分への決別をかねて、先生に「実は先生に依存するまいと、本当に苦しい努力を重ねていたこと」や
「その努力自体が自分を回復に導いてくれたこと」を、感謝をこめてご報告しました。

これで、本当に自分の依存にカタをつけられたような気がして、本当に嬉しかった。



しかし、その後が問題でした。


それまで、決して気付かれてはならないと思っていたことを口にしてしまったことで、わたしは、激しい不安に襲われました。

もう、先生はわたしに会ってはくださらないのではないかと恐れました。

そして、大切に思っている方を失うかもしれないと感じたとたんに、
心の中に眠っていた感情が爆発しました。



 続く。。。。



2008年11月30日のmixi日記より。


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ラベル:澤谷鑛
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2009年04月04日

吹き荒れた「父のハグ」余波の嵐。その3。

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それは、仕事の帰り道でいきなり襲ってきました。
いきなり涙があふれて止まらなくなり、歩けなくなってしまった。

「父のハグ」をくださった方がお近くの方でなくて良かったと、しみじみ思いました。

いや、その方であれ澤谷先生であれ、本当にその方自身が必要なのであれば、自分はどうやっても会おうとするでしょう。
でも、違うのです。

行き場を見つけられずに怪獣のように暴れまわる感情は、まっしぐらに目に見える対象へと向かいました。
それは、凶暴で、まったく手につけられないほどの激しさでした。
どうやってコントロールしたらいいかわからない。自分が何をするかもわからない。
でも、でも、その「目に見える」対象は、本当の対象ではなく、たとえそれらの対象が手に入ったところで何の解決にもならない。
そんなことになれば破滅するしかないということも、よくよくわかっていました。

その怪獣じみた感情の向かうべきただひとつの対象は、やはり父だったのです。

既に何度か、父への思いの解放を経験していたわたしは、暴れ狂う自分の感情に、もー。。腰を抜かすほど驚いていました。
これほど強烈な感情を、自分は父に対して抱いていたのだ。と。
わたしの意識していた父への感情は、凍りついていました。
もはや、自分で父への思いがあるとも気が付かないほど、厳重にしまいこんで隠していたのです。
表せば、求めれば、傷つくから、それくらいなら無かったことにしてしまおうとしていたのだと思います。

過去、ファザコンであった自分が、いつもこの感情に振り回されてきたことが思い出されました。
今でこそ、しあわせな結婚をしていますが、それまでには本当にたくさんの人を傷つけてきた。
父を求める思いから、父に振り向いてもらえない寂しさから、どーもわたしには、相手の方を父と混同して、一生懸命振り向かせようとする、冷静さを壊そうとする傾向がありました。
その時は、自分が相手の中に父を見ているなどと夢にも思いませんから、必死で相手を手に入れようとして、手に入れた後で「間違えた」となってしまうわけです。
そのようなろくでもないことを自ら望んで繰り返しておりましたが、もっと困ったことには、そうしようと自分が望まなくても、相手が勝手に転がり落ちてきてしまう。
友達の父でさえもが血迷う有様でしたから、昔のわたしは、いつも自責の念や罪悪感、それと自分の中の果ての無い飢えに引き裂かれておりました。

父親というものに近い愛を注いでわたしを守ってくれる主人に出会うまで、いくらたくさんの人に愛されても、寂しさは消えませんでした。

自分を、長い間そのように振り回してきた感情が初めて正体を現した。。。
過去と現在が一線に並んだのです。
当時は必死でしたから、こんなことは後になって初めて言えることなのですが、
その時こそ、現在も過去も、そして自分が父への思いを封印せざるを得なかった子ども時代の遠い過去も
すべてを癒す、絶好のチャンスでありました。
自分の人生に深く打ち込まれていた毒の根を、一気に引き抜けるように、すべてが整った瞬間であったのです。


その日のうちに、わたしは矢野先生に状況を説明して、どうしたらよいものかとご相談を差し上げました。
先生は、すぐにお返事をくださいました。

これからも家族ワークに継続して参加したいと願っていたのに
こんな危険があるのなら、参加を控えるように言われたらどうしようとも思いましたが
矢野先生は、気が抜けるほどこともなげに対処法を指示してくださいました。

お許しをいただいたので、次回にそのお返事を公開させていただきますね。



2008年12月01日のmixi日記より


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2009年04月05日

吹き荒れる「父のハグ」余波の嵐への対処とは。。。

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自分が体験した嵐は、父への思いのデトックスであったのだと思います。

そして、それを心の中のもやもやに終わらせず、このような日記の形でちゃんと言葉にすることで、自分の中で起きていたことを明確化し、向き合うことができました。

書くことも、向き合うことも、読まれることも、抵抗がありましたが
澤谷鑛先生のところの養成講座生のみなさんは、このようにご自身の体験を書き表すことでご自分もデトックスなさり、それを読む人の心にもデトックスを起こしておられました。
今回自分がしたことは、早い話がそれの「真似」です。

(みなさん。べつに、読みにこなくてもいいから。。。というか、来ないでね。)と 思っておりました。

しかし、どーしたことか、足跡はいつもの倍を記録しています。
そして、何人もの方から、メッセージをいただきました。
それは、「素晴らしい体験ですね。おめでとうございます」というメッセであり
また、「読んでいるだけで、自分も癒されました」というメッセでもありました。

みなさま、本当にありがとうございました。


書いていて、いちばん怖かったのは、自分の不安定な感情をさらすことで、それを詠んだ人の中にフラッシュバックを起こさせはしないか。。。ということでした。

しかし、普段フラッシュバックを体験しておられる方ですらも
なぜか、わたしの日記には、「フラッシュバックではなく癒しを感じました」と、おっしゃってくださいました。

良かったです。良かったです。


と、言いながら。。どうしてただの体験談が人を癒せるのかと
書いた本人は、いまだに理解しきれずに首をひねっております。

わたし、何かしました?
何を、しました?
本当に不思議です。。。。




さて。。。

吹き荒れました嵐の終わりは、父への思いのデトックスの完了だったのではないかと思います。

嵐の真っ只中で、矢野惣一先生にご相談したメールのご返事はこうでした。



引用はじめ


> (家族ワークで「父のハグ」を体験して以来)本当に、死にそうなくらいに、しあわせな思いをしていました。
> でも、今日になって、気持ちが揺れすぎて制御できず、苦しくてなりません。
> お父さんとしてハグしてくださった方が近くにいなくて、どこのどなたかも分からない方で、本当に良かったと思わずにいられませんでした。
> 何十年分もの父なるものへの強烈な思慕のふたが開いてしまった。
> この激情を、どうしたら良いのでしょうか。
> このままでは、感情がどこに向かってしまうかわかりません。
>
> すみませんが、何か良い方法がありましたら、ご指導いただけないでしょうか。。。
>

お父様に「出さない手紙」を書いてください。

お父さんに
1.されたこと(つらかったこと、くるしかったこと)
2.してもらったこと
3.してしまったこと
4.して返したこと

を紙に書きます。
おそらく、以前にも書かれたことがあるでしょうが、今こそ、効果が得られるタイミングだと思います。

そうしたら、それらのひとつひとつを次の順序で表現してみます。

1.お父さんの行動
2.それに対する自分の気持ち
3.だから、自分はお父さんに、こうしてほしい


引用終わり。





これを読まれたマイミクさんの何人かは、「ああ、この方法か」と思われたことでしょう。

そうです。澤谷先生が書かれたご本の中で紹介しておられるデトックスの方法と、非常によく似ているのですね。


澤谷先生も、矢野先生も、心屋のぢんのすけさんも、みなさん結局は
同じことをおっしゃっている。
同じことを伝えたいと願われ、同じところにクライアントを連れて行こうとされているように感じます。

どちらの方も、大変優れたあたたかさと深い心と、知恵をお持ちですが
ただ、どちらかというと澤谷鑛先生や桑名正典さんは人間力でそれを行われ
矢野惣一先生や心屋さんは技術を駆使して行われる。。そんな印象があります。

みなさんにお世話になることで、わたしはひとつの問題をも
四方八方から崩していくことができる。
立体的に、見て理解することができる。
最高の贅沢をしているように思います。



さて。。。「出さない手紙」は、実は結局書かずじまいでした。

いきなり仕事が忙しくなり、夜遅くまで会議に出なければならなかったりして、ばたばたとしているうちに、癒されてしまいました。

それは、結局、家族ワークで体験したたくさんの人から流れてきた愛のおかげであったのかもしれません。


連続シリーズは、次回で終わる。。。かな?^^



2008年12月03日のmixi日記より。


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