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2009年04月10日

「我慢の連鎖」を切る。〜その1「不登校」〜

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娘の発作を見て、わたしたち両親は、娘を、中学から思い切って、まとまった期間休ませると決めました。

娘は、ほっとしたようです。その夜はそれまでの数年間の不登校、「学校に行かなければ」という絶え間ない緊張感からを一気に緩ませたかのように「疲れた」と、こんこんと眠り、次の日からは、がらりと表情を変えました。子どもの力というのは素晴らしいですね。それまでは始終いらいらして、朝から晩まで妹にきつく当たっていたのに、それも消え、すっかり仲良く、明るくなりました。本当に、今まで我慢していたのでしょう。生き生きとした娘の笑顔を見て、本当に心があたたまりました。

今日の陽気で桜は一気に開き、半日で散り始めました。これはもう、週末まで花がもたないと思ったので、娘を誘って花吹雪の中を歩きに出ました。「ぷちお花見」です。仕事の合間を縫ってなので、ほんとにちょっとしか行けませんでしたし、娘は遠くに同級生を見つけて(また、不登校しているのに遊びには出ている自分を責めるように緊張し)まだ縮こまっていました。でも妹は舞い降りてくる花びらを捕まえようと走り回り、夢のような素敵なひとときを過ごせました。

今日は、娘はちょっとしたことでもぽろぽろと泣いていました。不登校をしていた今までからよく泣いていたので、それ自体は珍しいことではありません。でも、今までのように我慢して、また我慢しすぎていらいらして、また自分を責めて泣いているのではない。「訳もない涙」でした。どうかすると笑いながら泣いていたりする。とても美しい涙でした。癒しの涙だと感じました。


娘の発作以来、いろんないろんなことがわかってきました。いっぱいいっぱい、わかってきました。書ききれないほどのいろんなことを、たったひとことに凝縮するとしたら、この言葉になると思います。
それが、今日の日記のお題。「我慢の連鎖」です。長くなるので、シリーズとして書いていくことになりそうです。


心の奥底まで癒すかのような、暖かな陽光と桜吹雪の中を通勤しながら、娘に起きている癒しを象徴するかのような美しい涙を思いつつ、
我慢させすぎたことの残酷さをつくづく反省していました。
ついにわたしが、娘に「ちゃんと不登校させる」と心に決めて娘に言った「誰か一人でも我慢していたら、みんな幸せになれない。」という自分の言葉を、思い返しました。

ひとりが我慢したら、どこかに無理が出る。その無理がどこかで他人を傷つける。どんなに立派に我慢しとおしても、必ず無理が出る。その立派な我慢が完璧であればあるほど、その完璧さは人を傷つけるのではないだろうか。。。。「わたしはこんなに我慢しているのに。。。」と、他人を許せなくなるくらいなら、誰も我慢しない方がいいんだな。と。

すると、すらすらと、絡まった糸がほどけるように、娘を、また自分を苦しめていたものの正体が見えてきました。



続く。



2009年04月10日のmixi日記より





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「我慢の連鎖」を切る。〜その2「実家」〜

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わたしの両親は、大正生まれの旧家同士の縁組で結婚しました。
父は早くに両親をなくし、甘えることなく我慢し続けて育ち、遊びの無い人間になりました。
母は、当時専業農家、専業主婦が当たり前であった閉鎖的な田舎の地域からは「女のくせに家を守りもしないで。。。」と非難され、職場からはことあるごとに「だから女は。。。」と非難され、そんな中で、子育てについても、誰にも指を指されまいとして必死だったのだと思います。
いつも優しく我慢強い母ですが、いったん爆発すると大変でした。でも、普段本音を一切洩らさない母でしたから、爆発されても、家族は母の気持ちをわかりきれなかった気がします。そして爆発が収まれば、また母は一切を自分の胸に収めて完璧に振舞うので、こちらが手伝いたい、助けたいと願っても受け入れられなかった。
ずっと思いめぐらす中で、わたしは、母の愛の深さと生来の我慢強さのゆえに、母の懐に入ることも素顔を知ることも無かったのだと感じました。

そして、姉はそんな母の願う「基準」を満たせず、かといって反抗して自立するほどの自身の価値観を確立もできず、自己無価値感に沈み、社会に適合することに失敗しました。
姉と母との仲の悪さ、険悪さ、そして姉の母への激しい憎悪の訳が、今となっては手に取るようにわかります。
姉は、母を愛していた。そして母に認められたかった。そしてあまりにも完璧な母から理解されたかったのですね。ありのままの自分を。。。
我慢し続けてきて、頑張り続けて、そして倒れた。倒れて、抱きとめて欲しかったのかもしれません。でも、母は倒れた姉を「甘えている」と非難した。倒れた姉を受け入れられなかった。

わたしは、長女が不登校になった自分を責めて荒れた時、長女を、姉とそっくりだと感じました。長女が毎日のように妹をいじめ、いらいらと過ごしていた間、家庭はわたしにとっては地獄でした。
思い出したくも無い実家での幼い頃の記憶が甦り、フラッシュバックを起こしました。
また、目の前で荒れる長女と長女にいじめられて泣く次女の姿を見ても、自分の体験を思い出してフラッシュバックしました。
そして、このような事態になったのは自分のせいだと感じ、またそれに耐え切れずにパニックを起こしました。
まあ、むちゃくちゃであったわけですね。とても生きてはいけないと思いました。

今となってはわかります。長女もまた、抱きとめて欲しかったのに満たされなかった。でも、わたしも周囲も、抱きとめているつもりで良かれと思いながら、実は長女を追い込んでいたのです。そして我慢し続けた長女は傷つき疲れ果て、身体に症状を出すようになった。
なんとも因果な話です。わたしが実家で体験し続けてきたなにもかもがもうすべて過去のこと、終わったこととして忘れようとし、忘れかけていた今になって、そっくり、自分の家庭に再現されてしまった。
わたしは非常に苦しみましたが、そのおかげで目を背け、否定し、忘れようとしていた過去や、「反抗したり嫌ったりすることで見なくても済むようにしていたたくさんのこと」に向き合うことができました。
「このままでは生きていけない」と感じたおかげで、たくさんの癒しにも学びにも出会えました。
今から思えば、すべてが「癒されよう」としてこの時点に凝集してきたのであり、「癒そう」として天が、扱いやすいように
目の前に全ての問題を集めて雛形まで作って、優しく置いてくれたかのように感じます。

主人は優しい人です。主人の両親もそう。わたしなんかよりもずっと優しく、大きい、人間としてとても立派な方々です。
それなのにどうして、わたしも、主人も、周囲の誰もが娘をありのままに抱きとめられなかったのか、それも考えました。
どんな犠牲も厭わないほどに娘を愛してくれている人たちの目をふさいでいたのは、やはり「我慢」であった気がしました。
「人生とは我慢して当たり前」という常識から外れられなかったのでしょう。
そして、わたしの場合はまたそれとは少し違い、別の理由で娘を抱きとめられませんでした。
わたしは、娘に「頑張らなくてもいい」と言えた。でも自分の中で激しく引き裂かれる部分がありました。
その苦しみの中で、この数年間、わたしは更に自分の心と否応無しに向き合わされ、自分の心の醜さを知ることになりました。
今から思えば、これこそ正にデトックスだったのでしょう。

自身の醜さについても、思い切って書いてしまおうと思います。
ここをしっかり自覚して通らないと始まらない。


ここ数年間自分の問題として俎上に上げていはいましたが、わたしは、娘に嫉妬していたのです。
そして、姉に対する、また母に対する憎しみを持っていたのでした。
その感情に向き合ったのは、澤谷先生のところで教わったデトックスワークに取り組む中でのことでした。



次回からその話に入ります。



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posted by 桜 美穂 at 10:06| Comment(2) | TrackBack(2) | 我慢の連鎖を切る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「我慢の連鎖を切る」〜その3「裏の感情と向きあう。」〜

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不登校をしている娘を、どうしてありのままに抱きとめてあげられなかったのか。。。
自分の心を深く見つめる中で見えてきたのは、自分自身の心の深い傷と痛みでした。

幼い頃からいつも大きな家の中で一人ぼっちだった自分。悲しみも寂しさもひとりぼっちで受け止めていた自分。
学校は嫌いだったけれど、家にいるのはもっと辛かった。家でなければどこでもよかった。
田舎にはそんなわたしをも受け止めてくれる豊かな豊かな懐を持つ自然がありました。でも、24時間さまよう場所に事欠かない都会に生きていたら、今頃わたしは死んでいたかもしれません。どこにも居場所を見つけられずに、耐え切れないほど寂しかった。

でも娘は、ずっと家にいて母親(わたし)の側にいられる。
わたしはずっと何でも一人でやってきたのに、この子には母がいるじゃないか。自分がしたような思いを子どもにさせないために、わたしはなんでもしているじゃないか。
なのにこの子は、学校に行きたくないなどと甘ったれたことを言う。わたしはずっと一人だったのに。。。誰にも甘えられなかったのに。。。
娘を心から愛し、愛そうとしながら、心の奥から噴出してきた黒いものに、わたしは苦しみました。

そして、もうひとつ気付いたのは、過去に自分が持ち続けていた姉に対する、深い憎悪でした。
今は、いくら姉が好きでなくても「憎悪」は致しません。母と姉の絶えることの無い不毛な争いにはもうついていけないし、付き合いきれない。そして、ふたりの争いを冷静に離れた所から見て「ついていくこともしないし、付き合いもしない」という大人のスタンスで対していましたから、自分の奥深い感情など、長い間思いもよらなかった。
でも、消えていた過去の記憶が甦るにつれ、自分自身の姉に対する感情に震え上がりました。

わたしは、母が仲たがいをしている姉。母がふがいなさを感じて、悪口を言い続ける姉に対して、同じように悪口を言うことで、「わたしは姉とは違う」というスタンスを取り、母に「姉とは違う自分」をアピールしようとしていました。母に同調して姉を貶めることで、自分が気に入られようとしたのでした。

でも、姉を責める、貶める、というのは自分の中の一部を責め、貶めると同じことでした。母の愛を手に入れようとして、母と共に姉を嫌うことで、結果的にわたしは、絶望的なほどに自己を分裂させてしまいました。自分の中の姉と同じ部分を、わたしは憎んで打ちのめし、無視し、お前なんか要らない追いやり、死んでしまえと罵詈雑言を浴びせていた。殺そうとしていたのです。

そのことには、自分のインナーチャイルドと出会い、和解しようとした数年間の中でも充分気がついていたし、チャイルドの態度がイメージの中で和らいで来た時点で、もう和解も済んだと思っていました。でもまだ、自分の中には毒が残っていたのです。それも、自分で自分の首を絞めるほどに。。。(参照「誰が、何が、娘の首を絞めたのか。。。」http://sakuramiruku.seesaa.net/article/117207432.html

澤谷鑛先生のところで教わったデトックスワークを試そうとした時に、初めに自分がワークの対象に選んだのは姉でした。
姉はわたしにとって「一番受け入れがたい存在」であったがゆえに、本当は、わたしが自分と和解するために最も和解が必要である相手だと感じたからです。自分が娘を真の意味で抱きとめられるように成るために、心の奥底の嫉妬を除くためにも、姉と和解することが必要に思われて取り組みました。

相手に対するマイナス感情をとことん書き出すデトックスワークで、わたしは激しい嫌悪を感じていた姉に対して、マイナスの感情をすべて書き出そうとしました。
しかし、ペンが止まって書けなくなりました。あれほどに嫌い、けなしていたはずの姉に対して、何も書くことが無いのです。
当惑しながら次に、母に対してデトックスワークを行いました。

すると、姉と違ってはっきりと憎しみを意識したことが無いはずの母に対しては、これがいくらでも溢れてくるのです。むちゃくちゃに書きなぐりながら、わたしは自分が書いている言葉に驚いていました。
「お姉さんを返して」「本当は仲良くできたはずの子ども時代を返して」と叫ぶように書いているのです。そんな感情は意識したことはまったくありませんでした。それまでわたしは、ただただ姉を憎み、母に肩入れしてきたのですから。。。

ことの本質が見えてきました。
わたしは、姉を憎んでいた。でも、本当は憎んでいなかった。
本当は、家族みんなで愛し合っていたかったのです。
愚かなことでした。



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posted by 桜 美穂 at 12:07| Comment(1) | TrackBack(1) | 我慢の連鎖を切る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月13日

「我慢の連鎖」を切る。〜その4「自分自身の深い傷」〜

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不登校をしている娘を、どうしてありのままに抱きとめてあげられなかったのか。。。
自分の心を深く見つめる中で見えてきたのは、自分自身の心の深い傷と痛みでした。

幼い頃からいつも大きな家の中で一人ぼっちだった自分。悲しみも寂しさもひとりぼっちで受け止めていた自分。
学校は嫌いだったけれど、家にいるのはもっと辛かった。家でなければどこでもよかった。
田舎にはそんなわたしをも受け止めてくれる豊かな豊かな懐を持つ自然がありました。でも、24時間さまよう場所に事欠かない都会に生きていたら、今頃わたしは死んでいたかもしれません。どこにも居場所を見つけられずに、耐え切れないほど寂しかった。

でも娘は、ずっと家にいて母親(わたし)の側にいられる。
わたしはずっと何でも一人でやってきたのに、この子には母がいるじゃないか。わたしは自分は寂しかったのに、子どものためにはなんでもしているじゃないか。
なのにこの子は、学校に行きたくないなどと甘ったれたことを言う。わたしはずっと一人だったのに。。。誰にも甘えられなかったのに。。。
娘を心から愛し、愛そうとしながら、心の奥から噴出してきた黒いものに、わたしは苦しみました。

そして、もうひとつ気付いたのは、過去に自分が持ち続けていた姉に対する、深い憎悪でした。
今は、いくら姉が好きでなくても「憎悪」は致しません。母と姉の絶えることの無い不毛な争いにはもうついていけないし、付き合いきれない。そして、ふたりの争いを冷静に離れた所から見て「ついていくこともしないし、付き合いもしない」という大人のスタンスで対していましたから、自分の奥深い感情など、長い間思いもよらなかった。
でも、消えていた過去の記憶が甦るにつれ、自分自身の姉に対する感情に震え上がりました。

わたしは、母が仲たがいをしている姉。母がふがいなさを感じて、悪口を言い続ける姉に対して、同じように悪口を言うことで、「わたしは姉とは違う」というスタンスを取り、母に「姉とは違う自分」をアピールしようとしていました。母に同調して姉を貶めることで、自分が気に入られようとしたのでした。

でも、姉を責める、貶める、というのは自分の中の一部を責め、貶めると同じことでした。母の愛を手に入れようとして、母と共に姉を嫌うことで、結果的にわたしは、絶望的なほどに自己を分裂させてしまいました。自分の中の姉と同じ部分を、わたしは憎んで打ちのめし、無視し、お前なんか要らない追いやり、死んでしまえと罵詈雑言を浴びせていた。殺そうとしていたのです。

そのことには、自分のインナーチャイルドと出会い、和解しようとした数年間の中でも充分気がついていたし、チャイルドの態度がイメージの中で和らいで来た時点で、もう和解も済んだと思っていました。でもまだ、自分の中には毒が残っていたのです。それも、自分で自分の首を絞めるほどに。。。(参照「誰が、何が、娘の首を絞めたのか。。。」http://sakuramiruku.seesaa.net/article/117207432.html

澤谷鑛先生のところで教わったデトックスワークを試そうとした時に、初めに自分がワークの対象に選んだのは姉でした。
姉はわたしにとって「一番受け入れがたい存在」であったがゆえに、本当は、わたしが自分と和解するために最も和解が必要である相手だと感じたからです。自分が娘を真の意味で抱きとめられるように成るために、心の奥底の嫉妬を除くためにも、姉と和解することが必要に思われて取り組みました。

相手に対するマイナス感情をとことん書き出すデトックスワークで、わたしは激しい嫌悪を感じていた姉に対して、マイナスの感情をすべて書き出そうとしました。
しかし、ペンが止まって書けなくなりました。あれほどに嫌い、けなしていたはずの姉に対して、何も書くことが無いのです。
当惑しながら次に、母に対してデトックスワークを行いました。

すると、姉と違ってはっきりと憎しみを意識したことが無いはずの母に対しては、これがいくらでも溢れてくるのです。むちゃくちゃに書きなぐりながら、わたしは自分が書いている言葉に驚いていました。
「お姉さんを返して」「本当は仲良くできたはずの子ども時代を返して」と叫ぶように書いているのです。そんな感情は意識したことはまったくありませんでした。それまでわたしは、ただただ姉を憎み、母に肩入れしてきたのですから。。。

もうひとつ気がついてきたことがありました。
発作を起こす娘は、自分で自分を責めているわたしの姿であると感じたのですが、どうしてそのように感じたのかを、わたしはずっと考え続けました。意識の表面になる自責の感情は理屈で納得して解消できていたので、心の奥底にまだ自責が残っていたということは、驚きでした。

そして、自分が幼い頃に、母に対して自分を責めていたことが思いがけなく思い出されました。それは、わたしが姑に対して感じた自責の念を通して気付かされたことでした。ここでも、不思議な巡り会わせでわたしは、解決すべき自分の問題を、運命によって目の前にい提示されていたように感じます。


次回は、その自責の念について書こうと思います。



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母の緊張、犠牲、悲しみ、孤独を、わたしは自分のせいだと感じていた。そして、いくら頑張ってもそれを解消できない無力感で
自分を責めたのです。そして、

posted by 桜 美穂 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(1) | 我慢の連鎖を切る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

我慢の連鎖を切る。〜その5「実母への自責」〜

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てんかんの発作で、首を絞められたように真っ赤になり、泡を吹いている娘を見て、わたしは、娘の心が、首を絞められるように苦しんでいたのだと感じました。
そして同時に、それは自分自身の姿でもあると感じました。
自分で自分の首を絞めるほどに、自分は自分を責めており、それによってわたしの心は死にかけていたのだと。。。
(参照「誰が、何が、娘の首を絞めたのか。。。」http://sakuramiruku.seesaa.net/article/117207432.html

この気付きは直感的なものでした。そして、その気付きは「確信」として来ました。そして、その確信に驚いて、その意味を考え続ける中で、1日遅れでようやく「理解」が追いついてきました。「確かに、わたしは自分を責めていた」と。
しかし、それまでそのように意識したことがありませんでしたので、何のことかわかりません。いろいろと考える中で、ひとつ、思い当たることを見つけました。それは、わたしがそもそも精神のバランスを崩す元となったことでもありました。

わたしは、結婚後始まった同居の中で、実の母以上にわたしを理解し、あたたかな配慮で包んでくださる姑に恵まれました。
しかし、わたしは、古い田舎の濃い付き合いにも慣習にも馴染めず、次第に孤立し、別居に至りました。
そして、姑に仕え切れなかった。良い嫁になりきれなかった。自分を激しく責めるようになったのです。
優しい主人に恵まれ、子どもにも恵まれて、傍目からは幸せの絶頂にあるように見えたでしょう。
でも、主人も子どもも大事な跡継ぎとして、家の中では特別な存在であり、彼らはわたしが相談を持ちかけられる存在ではなくなっていました。別居して初めて、わたしたちは本当の家族になったような気がしました。

そんなこと、気にしないで、同居している時から主人に自分の気持ちをぶつければよかったのに、当時の自分はそれができなかった。
ただただ自分が悪いと自分を責め続けた。
どうしてそんな、異常な責め方をしたのか、そこに理由がありそうだと感じて、更に考え続けました。
そして、思い出されたのが、実母に対する自責の感情でした。
どうしてわたしが、姑の基準を満たせないことで精神のバランスを崩すに至ったのかについても、わかってきました。
それは、わたしの「実母に対する満たされない思いのフラッシュバック」であったのだと思います。
母の愛を失うことを恐れていた、幼いころの自分の見捨てられ不安が噴出した。
そして、幼い頃から苦しんでいた、「母を救えない」という感情。「自分のせいだ」という感情。。
だから、自分の人生を否定しきってしまうほどに、自分は打ちのめされたのだと思います。

まだ女性が働くことに理解の無い時代に、田舎の真ん中で、地域からも職場からも理解されない孤独の中で、必死に生きてきた実母の緊張、犠牲、悲しみ、孤独を、わたしは自分のせいだと感じていた。そして、いくら頑張ってもそれを解消できない無力感で自分を責めたのです。


たとえば両親が離婚すると、子どもは意味も無く「自分のせいだ」と考えて、自責の念を抱え込むものだとは知っていました。
子どもとはそういう生き物であるのだと。。。
わたしも、例外ではなかったようです。
理屈に合わない話ですが、これが、わたしの自責の正体であったのです。

恐らくは、その不安がいつも自分をせきたて、なんとか自分の力で目の前の壊れそうな、崩れそうなものを守らねばと、感じさせていたのだと思います。しかし、悲しいことに、それは不安から始まっているものであるから、どんなに努力しても、結局は自分の不安を実現してしまう結果に終わることが多かったですね。あまりにも不安が大きいもので耐え難く、その不安を実現させてしまうことで安心しようとしてしまうのです。

そうではない。解決したいのならば、まずは自分の中の不安を解消せねばならなかったのです。
心の中で際限なく再生され続けるネガティブな映像を、ポジティブなものに入れ替えなければ、いつまでたっても不安は解消されません。
そして、解消されない不安が、現実世界に実現され続けるのです。

心の中の不安感情を、しっかりとつかむことができました。
つかんだらしめたものです。後は書き換えるだけですから。。。

実家の母に対しての自責の念の姿が明らかになりました。
そして、もうひとつ、姑に対する自責の念の中にも、現状を説く鍵を見つけることができました。

次回はその話を書こうと思います。





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2009年04月22日

我慢の連鎖を切る。〜その6「婚家に見る連鎖」

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「我慢の連鎖」をシリーズで書き続けることは、自分自身の内面とむきあったり時にはえぐったりする作業です。また、気がついていない、いや気付くまいとして心の奥にしまいこんでいる感情を引きずり出す作業でもあります。続けて書くことができずに何度も中断しましたし、しばらくは、澤谷鑛先生の養成講座の合宿で自分に向き合うだけで必死で、とても書けない状態で、ご無沙汰してしまいました。しかし、しばらくぶりにブログを開けてみると、アクセスが少しも減らずに、むしろ増えているので大変驚きました。
継続して読みに来てくださって方々がおられることを、心から感謝いたします。

さて、「我慢の連鎖を切る」第六弾では、婚家について書こうと思います。

前回の「我慢の連鎖を切る」第5弾で、婚家でのことは少し書きました。もう一度引用しますね。

わたしは、結婚後始まった同居の中で、実の母以上にわたしを理解し、あたたかな配慮で包んでくださる姑に恵まれました。
しかし、わたしは、古い田舎の濃い付き合いにも慣習にも馴染めず、次第に孤立し、別居に至りました。
そして、姑に仕え切れなかった。良い嫁になりきれなかった。自分を激しく責めるようになったのです。
優しい主人に恵まれ、子どもにも恵まれて、傍目からは幸せの絶頂にあるように見えたでしょう。
でも、主人も子どもも大事な跡継ぎとして、家の中では特別な存在であり、彼らはわたしが相談を持ちかけられる存在ではなくなっていました。別居して初めて、わたしたちは本当の家族になったような気がしました。

そんなこと、気にしないで、同居している時から主人に自分の気持ちをぶつければよかったのに、当時の自分はそれができなかった。
ただただ自分が悪いと自分を責め続けた。



たとえ同居が上手く行かなくても、田舎づきあいが上手く行かなくても、だからといって全ての人が精神を病むわけではありません。ましてわたしの婚家ではみなが優しかったのです。
つまりは、わたしが精神のバランスを崩したのは、わたし自身が自分の中に自責の念を元から持っていたからであり、その「元から持っていた自責の念」は、どうやら実母に対する思いであったのだと、気がつきました。そしてそのことについて第五弾で書いたことになります。

しかし、実母に対する問題だけかというと、どうやらそうでもない。やはり婚家の方にも我慢の連鎖があるようだと、わたしは気がつくようになりました。

舅は、戦中戦後非常に苦労された方で、結婚後は養子同然に、妻の閉鎖的な田舎での付き合いを余儀なくされ、ほとんど一生を通してご自身を主張されたり、甘えることを許されずに育ってこられた方。
姑は、きつい姑さんに絶対服従で仕え、何十年も大変な苦労をしながら立派に子どもを育て上げ、立派な人間関係を築かれた方です。立派に主婦と母としての仕事を貫かれ、立派に仕事もされ、ご主人からの裏切りにも耐え、驚くべき我慢の連続から大病を患われ、全身ぼろぼろになられながら生きておられる。
主人の姉は、そのような立派なお母さんに似て素晴らしい方で、周囲にはそつなく気配りがお出来になるし、優しいし、やはり家の事も仕事も、完璧にこなせる方。そしてそのお姉さんはご主人のご両親との同居で苦しまれてストレスからうつに成り、やがてがんになられました。

そしてわたし自身は、昔から素質はあったとはいえ、精神的にバランスを崩したのは、姑のように立派な近所付き合いや家事ができなかったこと。つまり「我慢」ができなかったことで、自分を責め始めたことがきっかけでした。
今思うと、どうして自分の苦しみや悩みを、誰にも言わないで自分の心に閉じ込めたのか。
それは、自分の中に、「嫁はこうあるべき」「妻はこうあるべき」という姑の嫁教育、地域教育で刷り込まれたモデルがあったからではないかと、今となっては感じます。

ここまで考えて思い至った時に、わたしには、婚家に脈々と流れている「我慢の連鎖」が浮き彫りになったように思えました。
誰一人の例外も無く、みんなががんになったりうつになったりするほどの苦しみを抱えていたのです。誰もそれほどに苦しみながら、「我慢」を止めようとしなかったのです。
わたしは「我慢」ができなくて別居しました。義父母にすればそれは地域の中での恥であったでしょう。義父母の中に潜んでいた「本当は我慢せずに自分らしく生きたい」という心底からの願いは、わたしが別居という「地域からは非常に許しがたい自分勝手な行動」を取ったことで激しく揺れ動いたのではないでしょうか。しかし、がんに至るほど、誰も我慢していいはずは無いのです。

別居することでわたしは苦しみ、自分を責めましたが、その責める思いこそが義父母や姉を縛ってきたものの正体であったように感じます。
自分が婚家に流れてきた連鎖を破り、その結果としてみんなの痛みを負ったのではないのだろうか。だとしたら当時の自分の痛みを満喫することで、澤谷先生がご本『すべての「結果」は引き寄せられている―運命を決める「牽引の法則」』(総合法令出版)や『絆の法則 』(学習研究社)の中で仰っているように、連鎖の中に受け継がれてきている祖先の「念」も抜くことができ、義父母、姉のデトックスも起こってくるのだと感じたのです。


何度も書きますが、わたしは、てんかんの発作を起こす娘を見ていて、自分の中に自分を責める思いがあることに初めて気がつきました。

わたしは「実母が自分を理解してくれない」とか何とか、いろいろと寂しさや苦しさを感じている言い訳をしてきましたが、そんなことではなかった。わたしは自分を責めていたのです。では一体何を?
母を幸せにできないことそれに尽きていた。。。
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そして、ここまでわかって自分は思いました。自分の身内は実家も婚家も、右を向いても左を向いても「我慢」する人ばかりで、好き勝手をする人が本当にいないではないかと。
我慢して、立派で、優しくて、でもその代わりに主人の母の家系はみなストレスからがんになりました。主人の父の家系も、これまた我慢して、優しくて、賢くて、真面目で、そして何人もの人が自分の身に負って責任を取ろうと自殺しています。
わたしは我慢しきれず、家に仕えきれずに別居して自分のペースを守りましたが、あのまま我慢しようと務め
また、我慢できない自分を責め続けて同居していたら本当に病気になっていたでしょう。
わたしの母や姉もそうです。立派であろうとして我慢して、優しく振舞いますが、相手がそれに答えてくれないと不機嫌になったり爆発したりする。
母や姉を裁くつもりはありませんが、そのような我慢は、とても不幸な我慢です。相手に依存してしまっている。。。

一体、誰か我慢しない人間はいないのかと思いました。一人だけいました。わたしの主人です。
我慢で成り立っていた家系に生まれてたったひとり、自分を殺すほどには我慢をしない主人が、これまた実家でただ一人、我慢で自分を殺すことを拒否して、反抗して飛び出したわたしと結婚したとは、なんと不思議なことでしょう。

まるで、わたしは、実家と婚家というふたつの我慢の結果を熟し続け、連鎖として伝え続けてきた家系が出会う、交差点に立っているようだと感じました。
そして、そう思った時に、自分という存在がどうしてここにいるのか、自分の使命とは何なのかがわかった気がしました。
どうして自分はがんにならずに生きているのか。癒されたのか。それは生きてしなければならないことがあるからではないか。
わたしは、この二つの家系に続いてきた「我慢」の連鎖を断つ立場にあるのではないのか。
我慢によって堆積してきた痛み、悲しみ、孤独、絶望、もがき、嫉妬、許せない思い。などなどの苦い根も、それを原因として起こる病気も
すべてデトックスするために、時分は今ここにいるのではないのか。

そこまで思い至った時に、母の、姑の、悲しみ、痛みが、ひしひしと伝わりました。
母も姑はしっかりした方で、そのどちらにも、助けたいと願っても、頼ってもらえない寂しさを感じていましたが
その頑固さの奥に潜む「我慢」の苦い根の存在を感じた時、母も姑も、そのまま受け入れられると感じました。
母にも姑にも、何もして上げられないことを恐れ、怖がっていましたが、その必要も無い。
わたしは、デトックスするために、ここにいる。ありのままのわたしでデトックスが起きるからこそわたしがここに召されている。
それならば、例え今日一言も話せなくてもいい。たとえ何一つ役に立つことができなくてもいい。
自分が召されていることを信じ、何か自分にできることがあると信じようと思えるようになりました。

何もかもが、これほどまでに整然と並んでいたのですね。
まるで、天がお膳立てをしてくださり、すべてを一列に並べておいて
綱をかけさせて、「さあ、これで引き抜きなさい!」と言っているかのようなめぐり合わせに、ただただ驚くばかりです。

このような不思議なめぐり合わせも、気がつかなければそれまで。
全ては澤谷鑛 先生の教えがあったからこそです。
人生を支配する、牽引の法則絆の法則を知ることから、自分のすべての気付きが始まったのだと感じています。




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2009年04月23日

我慢の連鎖を切る。〜その7「実家と婚家の交差点で」〜

昔長男は、こんと咳をしたらそれきり転がるように喘息の発作になりましたので、長い間、息子の咳を聞くたびに、どうにかすると他の方の咳を聞くだけでもびくびくしてしまう状態が長く続きました。
今は、娘のてんかんの発作が怖くて、しゃっくりされるだけでもびくびくします。舌を噛んで流れる血を見るのも怖い。

それらの発作は、わが子の死の様をあからさまに見せ付けられるようなものです。そしてそれらは、実はわたし自身の心を映し出しているのではないかと感じていたわけですが、本当はそれだけに止まらず、脈々と受け継がれてきていた実家と婚家との悲しみ、怒り、葛藤が、映し出されれていたのではないのだろうかと、だんだんと思うようになってきました。

実家の両親も婚家の義父母もタイプは違うにしても、同じような「こうあるべき」という常識で自らを縛り、殺し、その裏で悲しみや怒り、葛藤や孤独を堆積させていたように感じます。

男性陣は、甘えを許されない厳しい環境で、精一杯努力して育ち、働き、女性陣は精一杯に完璧な母、嫁、妻を演じ通し、その弊害としてある人は病を負い、ある人は子どもの弱さを受容できずに追い詰め。。。それぞれが同じような我慢の連鎖で、様々な問題を生み出していたように思います。

そのような実家と婚家とに共通した連鎖の果てに行き着いた様々な抜き差しなら無い問題。両家のその問題の交わったところに、両家からの連鎖の痛みも問題も両方をこの身に受けて痛まなければならない立場に、わたしと娘は、今いるような気がします。自分は、両家の交差点に立っているような気がするのです。

見回せば、わたしの両親も義父母も、そのまた前の世代も、我慢する人ばかりでした。我慢して無理して生きてこられた。完璧に見えるほどに立派で、優しい方々。だけどその方々の我慢はひずみを生み、そのしわ寄せが押し寄せていたように感じます。

そして、婚家において、自分を犠牲にするほど我慢をしないたったひとりのメンバーである主人と、実家において自分を犠牲にしない生き方を選んで飛び出したわたしとが結婚して、その結婚において両家がつながったこと。そして今、息子は(今はほとんど治りましたが)10年間喘息で苦しみ、今度は娘が。。。 ここに何か深い意味があるように感じられてなりません。

自分が今、これから、どのように生きたらいいのかについても、今の状況が指し示しているような気がします。実家と婚家との交差点に立って、そこから目に入る限りの何もかも全てのもの、すべての人の思いを受け止め、そして、自らの中に飲み込んで浄化する時に来ているのでしょうか。。。 なにか、とてつもない促しと、何かを差し出されている感覚があるのですが、まだよくわかりません。

恐れや悲しみの中で、しっかりと自分に向き合って考えていました。
怖いのも悲しいのも仕方が無い。でも、自分の死にはそれほどマイナスのイメージを持っていないわたしが、子どものことにも、もう少しは平気になれないものだろうかと考えました。

「生きることは死ぬことであり、死ぬことは即ち生きること。」
「最高の人生を生きることは最高の死に場所を見つけることであり、悔いなく死ぬことこそが悔いなく生きること。」

ならば、絶えず子どもの死にざまを見せ付けられるような今、選ぶべき生き方は、今与えられている命を、最大限に喜び楽しみ感謝して生きる。最大限に輝かせて生きる。娘本来の命を娘本来の形で輝かせて生かしてあげる。悲しいからこそ、怖いからこそ、悲しまねばならないほどに、怖がらなければならないほどに貴い命の方に目を向けて、その輝きを生きることを選び取っていく。日々日々、毎瞬毎瞬を、その連続として生きる。そのような生き方ではないかと感じます。

娘の不登校や病気は、両親であるわたしたちのデトックスとなり、わたしたちに真の生き方や幸せを教えるものでありました。祖父母にとっては、それらは親以上に心配なものであったでしょう。孫というもののかわいさは、非常に理性的であり、立派な義父母の理性すらも狂わせるほどでありました。どれほど娘の状態に心を乱され、また悲しまれたことか。。。 娘はそのようにして、自身の苦しみを通して、祖父母の苦しみ悲しみまでもデトックスしたのではないかと感じます。

わたしの両親は非常に努力して学を修めた人であり、深い教養を持っていました。主人の両親は貧しい中で非常に努力をされた方々で、深い人間性と優れた性質をお持ちでありました。ですから、娘の不登校を見て、どうしても「頑張らないと。。。」と言う言葉をかけてしまう。ご自身がそのように頑張ってこられたのですから当たり前です。ご自身の中に誰にも言えない悲しみや葛藤を深く堆積されるほどに我慢を重ねてこられたのです。
ストレスをかけ過ぎたら、娘はまた発作を起こして傷つくから仕方が無いと、娘の不登校を最近容認してくださったわけですが、その容認によって、祖父母らも「ありのままに生きてもいいのだ」という幸いなメッセージを心の奥底に受け取っているのではないかと思うのです。

こうして考えてきますと、実家と婚家に続いてきた我慢の連鎖を、まずわたしと主人が切り、更に続いてわたしたちの子どもが切ってくれているように感じられてきます。(このような絆の法則やデトックスについては、そもそも澤谷先生のご本で知り、現在も学んでいることです。)まだ勉強中で良くわかっていませんが、そのように感じられるのです。

連鎖は、現にあります。そして、その連鎖を切るためには大鉈を振るう必要は無いのかもしれません。連鎖の存在を認めらた。そして、自分たちが命をかけて人生をかけて、その連鎖を切る役割を頂いて生きているとわかった。それならば、これからもその人生を生きること以外に、大切なことは無いのかもしれません。

今夜は、娘はまだ起きています。隣にいます。発作でかんだ舌が痛くて眠れないそうです。でも、痛いのも生きている証ですね。素晴らしい。(そういう風に考えていったらいいのですね。^^)

娘の発作は、眠っている時にしか起きないタイプです。うとうととしている状態が危ないそうです。つまり寝入りばなと起きる前。睡眠は90分毎に眠りの浅い周期が来ますので、その時も危ないらしいです。
発作を見たくないので、正直に言えば、娘にはもう寝て欲しくないのですが、そういうわけにも行きません。(当たり前ですね。)

今夜は無事に済みますように。。。

病気ではなく、症状でもなく、いのちとその輝きをひたすらに見つめ、ひたすらに感謝して、また歩もうと思います。


2009年04月12日01:53 のmixi日記より。


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2009年04月24日

我慢の連鎖を切る〜終章、風にされるということ。〜

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ここしばらく、娘の発作について、そして発作から感じた「我慢の連鎖」について、連続で書いてきました。
書くことで、また、たくさんの方に読んでいただき、受け止められることで、きついところを乗り切れたように感じています。
読んでくださったみなさまに、心から感謝申し上げます。

毎日、毎日、薄い皮を脱ぎ捨てていくように癒され、新しいことに気付かされ、歩めることに感謝です。

日々、新しく何かを脱ぎ捨てていく感覚。。。
それに、覚えがありました。
連載の最後に、それを書いて終わりにしたいと思います。

昔、祈りの中で見た幻視です。
意味は、その時はまだはっきりと悟られることが無かったのですが
示されていることは、自分の未来に実現することであり
その意味するところもなんとなく、感じられるように思いました。
十数年前のことではなかったかと思います。

アニメゲームのようにコミカルな映像で、その幻視は始まりました。

自分は気球か何かに吊り下げられて、前へと運ばれています。

目の前に、紙でできたような、都会の密集したビルがあります。

(このまま進めば、真正面から衝突だな)と思うのですが、気球は止まらず、同じペースで進みます。


あわや、というところで、わたしは身体を横向きにして、無事ビルの隙間を通ることに成功します。

そこを抜けると、もっと密集したビルの林が出てきます。

また、身体を横にしてやっと通り抜けると、また次にはもっと密集したビルの林が。。。

それを何度か繰り返した後で、自分がどんどん細くなっていることに気がつきます。

進む速度はどんどんと速くなり、もう気球は見えません。

やがてわたしは、わたしとしての形を失い、銀色の針のようになり、ただ一点を目指して、すごい勢いで進んでいます。

目の前の、ただ一点は、限りない光に満ちています。

針のようである自分は、やがて「針」という物体ですらなくなり、ただの銀色の光にされていきます。


ここで幻視が終わりました。


その直後に、こんな言葉に出会いました。
「金持ちが天国に行くのは、針の穴を通るくらいに難しい。でも、神にできないことはない。と、聖書にあります。針の穴を通るのはなんでしょうか。それは「風」です。」と。

自分の幻視と、その言葉との奇妙な一致を面白いと思いました。

自分は、恐らくその幻視で見たように、これからさまざまな試練と苦しみによって、余計なものを削ぎ落とされる人生を送るのだろうこと。
そしてそれは、わたしが自分で望み、自分の意思で入っていくものではなく、何ものかによって運ばれていくのであるらしいということ。
そして、自分が、余計なものを一切捨てなければ通れないところを段階を追って通されていく中で、自分が更に細いきつい所も通れるようにスリムにされていくだろうこと。
最後には、形すらも失うほどに自由に、風のようにされるであろうこと。

などなどを、その幻視から感じ取りました。

そして今、その幻視が正に、実現していることを感じます。


日々、薄皮を脱ぐほどの変化でしかないのですが、自分が囚われてきた鎧も、固定概念も、どんどんと剥がれ落ちていきます。余計なものがはっきりと目に見えてきて、そうしたものは飽くなき欲やとらわれと共に、捨ててしまいたい。自由になりたいという、強い願いを感じます。

何もかもが、遠い昔から既に愛を持って備えられていて、名前でもって、生まれる前から永遠から呼ばれていた感覚があります。その声を聞くことで、その声を知ることで、自分のいらない肉が削ぎ落とされていく。その声によって生きることを知ることで、既に自分は肉を持って生きながら、同時に肉の生死に左右されることの無い永遠の次元に、既に足を踏み入れつつある。既に、どんな針の穴すらもくぐれる風とされつつあることを感じます。

形の無いところから愛に呼ばれて、この世に生まれた。今度は、形の無い命に再び戻る日に向かって、日々歩んでいる。
形の無いものが、肉を帯びていのちとなったのも、愛によって。
心と肉とに引き裂かれたり、心と肉との調和を喜んだりしながら、限りある肉の命を生きるのも、愛によって。
そして、肉に邪魔されながら自由になりたいと願い、身もだえして苦しむ命が、昔自分が呼ばれて出てきたところの永遠の愛から再び呼ばれて、自身を見つけよう、本当の自分になろう、生まれた意味を知りたい、自身の生によって負の連鎖を断ちたいと苦しむのもまた愛によって。
そして、やがては魂をこの世に縛り付けていた肉体の枷を解かれて、
魂のふるさと、自分が元いたところに戻っていくのも、愛によって。

そのような、変わることの無い、大きな大きな天の愛を感じます。


娘の発作にも、ただ受け入れるしかない苦痛も、感謝して微笑めるようになって来ました。
同じ、肉の悲しみ、苦しみに押しつぶされそうになりながら、必死で幸せを求め続けたたくさんの先人、そこから本当の幸せを悟られた賢人の方々のことが思われます。
自分が這いつくばるようにして発見した幸せを、既にたくさんの人が発見しておられ、実践しておられるのだと思ったとき、この世の美しさや人の心の貴さに、心を打たれました。

明日のことは思わない。今日一日。
生かされてある今日の一日を、精一杯満喫して生きる。
感謝して、喜んで生きる。
不安や、未整理な感情を、まだまだいっぱい思いに持つみたいに背負いながら、歩く。
少しずつ、それらを満喫して、満喫したものは、ひとつずつ捨てていく。
それでいいのかなと思います。

今日も、良い日でありますように。^^



04月13日のMixi日記より。


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2009年04月30日

我慢の連鎖を切る〜最終章その1〜

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Date: 2009年4月19日(日) 午前7時59分
Subject: 18日の合宿の感想。

澤谷先生。みなさま。

こんばんは。さくらみるくです。
今日はありがとうございました。

さくらさん。お出会いできて、嬉しかったです。またご一緒できる日を楽しみにしております。
お疲れが出ませんよう、素敵な新居を存分にお楽しみくださいね。



早速ですが、今日の先生のお話から気がついたことを書かせていただこうかと思いました。

死と向き合った人の寂しさについてのお話がありました。
そのことと直接、関係は無いのですが、「死と向き合う」という点で似ているように思え、突き詰めていくうちに似たところに辿り着くような気がしているので、書き始めようと思います。


懇親会でやすさんが、広いお心で丁寧にわたしの心を引き出しながら、話を受け止めてくださったことが心の整理のきっかけになりました。心から感謝いたします。



先日、自転車で通勤している時、不意にみかっちさんがMLで書かれていた

「(枯葉に)穴が開いていたとしても、その絆はじつは「完璧」に用意された演出なのかもしれませんね。」

というお言葉が思い出されました。

「問題など、実は何一つない。本当は現実はありのままで完璧であるのだ。」ということと同じことだなと思ったのですが、
しかし、この「穴が開いている」というお言葉が妙に心に引っかかりました。

そして「わたしの人生に開いている「穴」とは何だろう?」という疑問が生まれました。
そしてそれは、今てんかんの発作を繰り返す娘の病気であると思いました。ほとんど寝たきりになっています。



娘の不登校で数年間悩んだ挙句に「不登校など問題ではない」というところにようやくたどり着きました。

そして、不登校にかぶさるようにやって来たこの病気もまた「実は問題ではないのだ」「この患った状態すらも完璧なのだ」とというところにたどり着くことができました。



ミクシィ日記にアップしましたので、読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、娘は先日それまでになかったタイプの発作を起こし、まるで首を絞められたかのように真っ赤になり泡を吹き、舌をかんで血を流しました。

医者さまは、てんかんに心因性の原因はないと断言されましたが、わたしにはそうは思えませんでした。
娘は、本当に首を絞められるような思いで苦しみ、そして不登校になり、また心身症のような症状を表していたのだと。

そして、その姿は、わたし自身が自分を受け入れられずに、自分で自分の首を絞めている心を、そのままに映し出していたのだと、そのように感じられました。
また、祖先から続いてきた「我慢の連鎖」とでもいうべき鎖の存在をも感じました。


そのような気付きを得られたのは、娘の病気のおかげ。
そして、娘の病気を通して自分に、また祖先にまで遡ってデトックスが起きるような感覚がありました。
娘の病気は「問題」などではなかった。それは「幸せをもたらす使者」であり、「感謝するべきもの」だった。そう、思えるところにまで至りました。



しかし、話はここで終わりませんでした。感謝をして、デトックスも完璧ではなくても済んで、わたしは「ああ、これで、娘の病気の原因を断てた。娘はまもなく治るだろう」と、勝手に思い込んでいたのでしょう。
だから、その後良くなるどころか、どんどんと娘の発作がひんぱんに起こるようになったとき、本当に絶望的な思いになりました。
もう、何をどう考えたらいいのか、全くわからなくなっていました。
そんな時に心に迫ってきたのが、みかっちさんの書かれていた上記の言葉だったのです。



「穴が開いている、その穴すらも実は、欠損でも不幸でもなく、そのままありのままで完璧な状態なのだ」


本当に、そうわたしが信じるというのならば、
娘の病気が完璧な状態だと感謝したその思いが本当ならば、
娘の病気が更に悪化して、たとえこのまま寝たきりになろうとも、命が終わることがあろうとも
その可能性も何もかもひっくるめて、それもまた「実は何一つ問題ではない」と言い切れなければ嘘なのだ
、と感じたのです。

そう感じた時に、澤谷先生ががんを患われた方に向かって、満面の笑みで「よかったですね。おめでとうございます。」と仰れる
と言う境地。
自殺された人のことを、「それは死のうとしたのではない。生ききろうとしたのです。」と仰る境地に、
少しだけ近づかせていただけたような気がしました。

たとえ娘が最悪と見える状況を迎えたとしても、大切なのは娘が自分の人生を生ききろうとするその人生を、親が邪魔しないことだと思います。

本当に娘の人生を「生ききらす」というのはどういうことなのか、そのために親は何ができるのか。それを親は子どもの目線になって、寄り添いながら考えて答えを探していくことが大事なのですね。



。。。。。。と、

。。。ここまでは、合宿前に考えていたことです。



今日の先生のお話を伺って、もう一度わたしはこれらのことを考え直しました。


続く。。。。



澤谷鑛先生の「しあわせな人生の実現をサポートする人材養成講座」メーリングリストへの投稿文より。


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posted by 桜 美穂 at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 我慢の連鎖を切る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

我慢の連鎖を切る〜最終章その2〜

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前回からの続き。

今日の先生のお話を伺って、もう一度わたしはこれらのことを考え直しました。

わたし自身は、まだ自分の残り少ない時間を考えることはあまりありません。

でも、娘の病気を通して、いつ奪われてしまうかもしれない命のはかなさは、身にしみています。

命というもののどうしようもないはかなさを知らざるを得ないところから来る寂しさは、先生がお話になっていた寂しさと、非常に似ていると感じます。

(そうですね。最初に書かせていただいたように、「似たところにたどり着くだろう」と感じたのは、ここのところなのですね。きっと。)



そして、そのような寂しさがべったりとはりついた心をも満喫し、どうしようもない病気の事実と向き合って考え、
心の底から「もしも娘が死んでしまっても、わたしはそれをも「問題などない」「完璧だ」と本心言えるだろうか」と自問した時に、
「問題などない」と言い切れるとしたらそれは、娘の死が問題ではなかったと言うに足りるほどの、「何か」がなければならないと感じました。
では、その「娘の死が問題ではなかったと言うに足りるほどの何か」とは一体何なのか。
そう考えていた時に、はっとしました。


娘が、自分の身をもって、命をもって、わたしの心の状態を自身の発作で示して見せてくれていたのだとしたら、
それは、わたしが、娘のあまりにも痛ましい姿を見ることで、自分に対して行なっている自己否定の悲惨さを知るようになるためではなかったか。

もしそうであるとしたら、娘がもし死んでしまうということは、「子が死ぬ」という耐え難い苦しみをわたしに与えることによって

「わたしが自分の心を殺すことは、それほどの苦しみに値することであり、
 わたしの心は殺されることでそれほどの苦しみを感じるに値するほどに、
 それほどにかけがえなく凄まじいまでの価値があるのだ」と思い知らせてくれる。
そういう意味があるのではないのだろうか。



この考えに至った時、わたしは心底震えました。
「娘が命をかけてわたしに悟らそうとしていたのは、このことだったのだろうか」と思いました。

ずっと自分を大切だと思えなかった。ずっと自分を大事にできなかった。
だから、ずっと自分で自分の感情を殺して、自分の内なる声に耳をふさいで、本当はとても傷ついていたはずなのに
他の人から感情を無視されるより、理解されないより、ずっと、自分が自分に取るそのような態度に傷ついていたはずなのに
そのことに対して、わたしは痛みを感じることがありませんでした。
あまりにも感情を抑圧してきて、自分で自分の感情に気がつくこともできずに、長い間生きてきたのです。

痛覚のない子どもの話を聞いたことがあります。
痛みがないから、本当は曲がらない方向に関節が曲がっても、まったくその子は気がつかないために、ギブスですべての関節を固定せねばならないというのです。

痛みがあるからこそ、人は正しい方向を知ることができる。心も全く同じだと思います。
痛みを感じられないから、健全な方法を選びなおすことができずに来たのです。

こんなわたしが、本当に健全な方向を知り、本来の痛みを取り戻すことで幸せな人生を選べるようにと、
娘は、身をもってわたしに痛みを教えようとしてくれている。そしてそれは、わたしの心が、命が、そうするに値するほど本当は大切なものであったと知るためであった
のだと。

そのように思い至ったことで、生まれて初めて自分がどれほどに貴い存在なのかを、心底知らされたような気がしました。
頭ではわかっていたことですし、また自分でもそのように感じられるように生きようとしておりましたが
これほどまでに骨身にしみて感じられたのは初めてのことでした。


娘に、これほどのストレスを与えるほどに、酷い母親であったと自分を責めました。
どうして娘を苦しめる方法で、わたしの問題が示されねばならないのか、どうしてわたしだけを苦しめないのか、天や人生を恨みました。

でも、わたしたち親子が愛し合う思いで受け入れあいながら一緒に同じ問題を受け、苦しみ、もがく中で、真実や癒しや、回復や、その他いろいろの美しいものを見出していく。
そのようなことが許されているほどに、許されていいほどに、

「本当はお前は貴いのだよ。
 それだけの価値があるのだよ。
 気付きなさい。
 気付きなさい。
 自分の貴さを知りなさい。
 気がついて幸せになりなさい。
 幸せになってもいいのだよ。」

そう語られる天の声を聞くような思いが致しました。



以上です。読んでくださり、ありがとうございました。

自己紹介でお話しするにはあまりにも深刻な話題になると思い、控えましたが、朝から送信するにも重過ぎる話題かもしれません。
でも、先生から伺ったお話によって心に生まれたものは、冷めないうちに出しておかないともったいないと思ったので送信します。

今日の合宿が楽しみです。よろしくお願いいたします。


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