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2009年10月06日

人生の本当の成功とは。

「成功」とは、何でしょうか。

わたしにとってそれは「自分らしさを最大限に生かしながら他人の、社会の幸せに貢献できる方法で、経済的な必要を満たせること」です。

ディーパック・チョプラ氏は、「成功」とは、「価値ある目標が実現していき、それに伴って幸せが継続的に広がっていく状態」「自分の願望を楽に叶える能力」であると述べています。つまり成功とは、身体的、精神的、社会的に健康であり、充実している状態、環境、幸せであるという感覚や心の平和の内を歩む道のりそれ自体であり、到達地点ではないということです。

そして、チョプラ氏は、これらすべてのことを経験していても、自分の中にある「神性の種」を育成していなければ、人は満たされることはない、とも述べています。全ての人の心の中には、物質化されることを求めている「神性の種」がある。というのです。

キリスト教では内在の神の霊の存在が説かれますし、仏教でも全ての人の心には仏性があると説いています。ここで宗教の話をしようとは思いませんが、人の心の中には紛れもなく実現化を待っている「神性の種」があるのだと思います。チョプラ氏は、「真の成功とは、わたしたちの中の神性が現れること」であり、「それは奇跡である」と述べます。

いったい「神性」とは、何でしょうか。宗教を離れてこの言葉を理解するためには、チョプラ氏が述べている「神性が現れるとき、人は、子どもの美しい瞳や飛ぶ鳥や、道端の草花ひとつにも神性を見るようになる」という言葉がヒントになりそうです。

わたしたちは、赤ちゃんの無心の微笑や、風に揺れる野の花を見るときに、不思議な畏れを感じないでしょうか。その命に、何か神聖なもの、尊厳なものを感じはしないでしょうか。人を商品のように評価するこの社会では、人は自分をとてもちっぽけにしか認識できないように思います。
しかし、赤ちゃんや草花の存在の自由さを見るときに、本当の命の貴さ、生命の表れ方の多様さというものに、そしてその貴く多様性のある命が、自分の中にも在るのだと気付きはしないでしょうか。そのような感動の中で、人は、自分の中にも同じ、どのような形に自分を表現することも自由である、まったく自由なエネルギーがあることを気付くことができるのではないでしょうか。

それは、かぼちゃに生まれたからには放っておいてもかぼちゃの実を結ぶように、ひとりひとりがユニークな自分らしさを帯びて生まれついている、命のエネルギーであるのだと思います。このエネルギーこそが、表現され、実現されることを切に願っている。自分らしく生きたいと切に求めている命そのものなのだと思われるのです。

「願望実現」、「引き寄せの法則」、こうした言葉は現代では非常によく聞かれます。昔から多くの人によってその効果が実証されてきた法則により、お金や日々の願望、快適な人間関係など、生活の表面的なものを引き寄せることは可能でしょう。
しかし、本当の引き寄せとはそのような表面的なものに留まるものではない。先に述べたような、「表現され、実現されることを切望している自らの神性の種」を実現させていくことこそが究極の願望実現であり、その過程では、むしろ引き寄せの法則の方が、人の命の実現に寄与するような、そんな印象を持っています。

この世に働く力に、人は便宜上の名前をつけます。「引力」だとか「引き寄せ」だとか、名前をつけて、「法則」という言葉で定義付けて理解しよう、その力を利用しようとします。しかし、この世の力とはもともと名前で定義できるものとして、人間が作ったり支配するために存在させられているものではありません。人間が支配しよう定義しようとして名付けているに過ぎないのです。「引き寄せの法則」もまた然りで、たくさんの人がその存在を解明してるから、利用できる時代になっているからといって、人の支配下にすべて納まるような小さなものであるとは思えません。

法則とは、人を生かそうとするものであるのです。ならば、人が真にその人らしく生きること。人がそのように生まれてきた存在理由を実現するために、法則が、誰に企まれずともそこで自由に働くと考えるのは行き過ぎでしょうか。

あなたが薔薇に生まれついたのであれば、薔薇として咲くのがあなたの幸せです。たんぽぽに生まれついたのであれば、たんぽぽとして野に咲くことがあなたの幸せです。しかしあなたが自分で薔薇になる。たんぽぽになる。と、選んで生まれたわけではありませんね。

ならば、あなたが薔薇に、またたんぽぽに生まれついたのは、あなたをそのように生かそうとする何らかの願いがあってそうなったと、わたしの言葉で言うならば、神さまの願いと愛があってそうなったのだと、わたしなどは思うのです。そして、法則とはあなたが生まれる前から、あなたをこのように生かそう、用いようと愛情深く形作られたその願いと最初から共に在ったように感じるのです。

「成功」という表面的な言葉では語りつくせない、人の命の存在理由の実現という大きな目的。人生の、天の、運命の、大きな流れに従って実現しようと流れていく流れの中で、そのような流れと共に、法則は人の企みをはるかに越えて、命を実らせ、形作っているのではないかと感じるのです。

人が自分の存在理由を実現することこそが成功であり、「成功は奇跡だ」「人の本質は魔法や神秘に満ちている」と言うチョプラ氏の言葉は、こういうことを述べているのではないかと思うのです。人が自分らしい人生を実現していくということ。成功するということは、実はその人の人生の表面上の欲や必要がただ満たされるというだけのことではない。本当の自分らしさが実現していく生き方は、この宇宙全体の自然な流れに逆らっていないために、実現していく途上で自然と法則の働きや力をあいまって、奇跡、魔法としか見えない大きな渦を巻き起こしていく。そうとも考えられます。



わくわくしませんか。^^
本当の成功を、手にしたくなりませんか。
人生も法則も、こぞって応援してくれる幸せな成功がそこにあるというのならば、つかみたいと思いませんか。^^



今日からしばらく、『富と成功をもたらす7つの成功』(ディーパック・チョプラ著 大和出版)を、読んで行こうと思います。よろしかったらお付き合いください。^^





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posted by 桜 美穂 at 20:57| Comment(2) | TrackBack(0) | ディーパック・チョプラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

法則とは何か。

ディーパック・チョプラの『富と成功をもたらす7つの成功』を、昨日から続いて読んでいます。

現代物理学の最先端の考え方によると、すべての目に見える物質は非常に小さな粒子の集まりに過ぎず、その理論はアインシュタインの相対性理論に基づくものであり、引き寄せの法則が真実であるという理論もまた、そのところに基づいているのだそうです。

つまり、目に見え手で触れられ、明らかに存在している物質も、実は自由に集合して形を作るかと思えば、形を失って崩れ去ってしまう砂の造形物のようである、と言えばわかりやすいでしょうか。すべてのこと、ものが人の波動で影響を受けて引き寄せられたり、また目の前に出来事として展開する。この現象もまた、すべてのものが波動、エネルギーに左右されるほどの、目に見えない粒子で構成されたものに過ぎない。

確かにそこにあると信じている状況も、次の瞬間には霧散してしまうかのようにはかない存在であると言うことすらできる。手で触れられる形あるものは、形の無いものに比べてしぶとく、さすがに目の前で霧散することはないでしょうが、しかし、明らかに波動の影響下にある。般若心経で説かれる「色即是空、空即是色」とは、このことを言っていたのかと思わされたりもします。


ディーパック・チョプラ氏の言葉を以下に引用します。非常に興味深い表現です。


法則とは、未実現のものが実現され、観察者が観察されるものになるプロセスです。景色を見ていた人が、見ている景色になるプロセスであり、夢を見る人が夢を実現するプロセスなのです。

すべての創造が、つまり物質世界に存在するすべてのものが、実現されていない状態から実現された状態に変わった結果です。(中略)

すべての創造のプロセスは、「自己」または神性が自分自身を表現するプロセスです。活動している意識が生命のダンスの中で、自分自身を宇宙の中の物質として表現しているのです。

すべての創造の源は、神性(またはスピリット)です。創造のプロセスは、活動している意識(または心)です。そして創造の対象は、物質的な宇宙(物質的な体を含む)です。

現実を構成しているこれら三つ【「スピリット」「心」「体」または「観察者」「観察するプロセス」「観察されているもの」】は、本質的には同じものです。それらすべては同じところからきているのです。そこが純粋な可能性の場で、純粋な実現されていない状態なのです。

富と成功をもたらす7つの成功』(ディーパック・チョプラ著 大和出版 p16〜17より。)




つまり、すべてのもの、ことは、自分の思い次第で引き寄せられるのだということ。自分の想念が現実を作り上げているのだということ。
そして、自分の中で自分らしい人生を実現させようとしている神性の種も、自分が引き寄せ、作り上げている現実も、引き寄せや現実化の元となっている自分の想念も、すべては本質的に同じであり、同じところからきているというわけですね。

そして、自己実現という、生まれながらにして人が持っている(人生から与えられている)命の目的を達成しようとする時、法則によって必要なすべてのもの、ことが充分に備えられるように、最初からきちんとお膳立てされている。その場がちゃんと整えられている。後はその場、つまり「純粋な可能性の場」を使うだけである。そのようにいえるのではないかと思います。







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posted by 桜 美穂 at 08:07| Comment(2) | TrackBack(0) | ディーパック・チョプラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まっさらな本質と可能性の場にアクセスする。

わたしたちは普通、社会に適合すためにいろいろな仮面をつけて生活しています。社会から承認を得るためです。程度の差はあれほとんどの人が、状況や環境、人々や外部の物事に影響を受け、外界からの反応や評価に支えを求めようとします。しかし承認を求めて生きる人は、絶えざる恐れの中で生きなければなりません。

本当の自己とは、他人や外界からの一切の承認に左右されるようなものではありません。全ての人の本質には、共通した性質があります。それは、無限で際限がなく、純粋な喜び、また「純粋な知識、無限の静寂、完全なバランス、無敵、シンプル、そして至福です。これが私たちの本性です。(p21)」
それは、混じりけのないまっさらな可能性そのものであり、チョプラはこれを「純粋な可能性」と呼びます。

この自己の本質に目覚めた人は、「承認やコントロールから完全に自由で、批判にも動じず、どんな挑戦も恐れず、誰にも劣ってないと感じます。それでいて同時に謙虚であり、誰にも勝っていないと感じます。なぜなら、真の自己は、誰もが同じ「自己」であり、同じひとつのスピリットが異なる変装をしているにすぎないと知っているからです。(p23〜24)」

ここで言われている「スピリット」とは「命のエネルギー」と言い換えられると思います。人が本来生かされているところの、自由な命のエネルギーです。このエネルギーで生かされているわたしたちは、本来何ものにも妨げられず、抑圧されることもないはずの自由な存在として生まれてきているのです。思うとおりの現実を引き寄せることも作り出すこともできる、まったく自由な、まっさらな命のエネルギーです。そして人は、このような自らの本質を経験すればするほど、よりその力と可能性に目覚めていく。つまりより、チョプラ氏の言うところの「純粋な可能性の場」に近づいていくのです。


では、どのようにこの本質に近づいていくことができるのでしょうか。


わたしが自分の本質をはっきりと認識したのは、ひとつには自分の存在をイメージの中で俯瞰した時のことでした。 苦しんでいる自分を、外から見つめてみるイメージワークです。

最初は目の前に置いた椅子に自分自身を座らせて客観的に見つめることから初めました。そして、自分が苦しんでいる姿を観察したのです。
これができるようになったら、だんだんと観察している自分は遠ざかり、遠ざかりながら同じ事を行ないます。遠ざかるに従って、苦しんでいる自分だけではなく、自分の周りの状況や、自分が苦しんでいる問題そのものも、視野に入ってきますからそれらも客観的に観察します。そして、段階的に更に遠ざかり、やがては自分が空を飛ぶ鳥の視点で苦しんでいる自分を見下ろします。
ここまで来ると、生々しく感じられていた苦しみも、かなり客観視できるようになるものです。そして、「苦しんでいる自分」と「苦しんでいる自分を見ている自分」との二つの存在を、自分の中に常に感じる感覚を身に付けられました。

そして、この時身につけた俯瞰する感覚の使い方を学んだのは、「
幸せな人生の実現をサポートする人材を育成する養成講座」でお世話になっている澤谷 鑛先生のお話でした。
たとえば、「わたしは親に愛されなかった」という人がいるとします。どうして「愛されなかった」とわかるのか。それは、その人が「愛されている」という満たされた状態を知っているから愛されなかったことがわかるのです。
本当に愛されていなかったとしたら、その人は愛されないことを当たり前だと感じるはずです。つまり、その人は、自分が親に愛されていないとわかる基準となる愛を、本当は親から受けていたことになるのです。悲しい、寂しいと感じ、辛さに苦しみんでいる自分がいる。しかし、真実は、自分が認識しているところの外にある、というわけです。

ならば、悲しい寂しい、辛いと苦しんでいる自分は何なのか。それはまるで、親の愛という光を受けていた自分の背後にできた影であるかのようです。光を見れば明るさがわかりますが、光に背を向ければ目に見えるのは影ばかり、というわけです。そして影は、どれほど闇が深くても本質ではありません。本質は、影を作り出す自分の方です。

つまり、悲しみ苦しみそれ自体が自分の本質であるということはありえません。そして、本質でないというのはどういうことかというとそれは脱げるものであるのです。削ぎ落とせるものなのです。剥がれ落ちてゆくものなのですね。先のイメージワークで前に座らせた方の自分は、この削ぎ落とせる自分自身であったのだとわかりました。


もうひとつ、決定的にわたしに俯瞰と「本質」を教えた言葉があります。それが、鑛谷 澤先生のブログで読んだ、「わたしの手ですらも、わたしの所有物であってわたしではない。それならわたしはどこにいるのか」という言葉でした。
刃物で肉と骨とを切り分けるように、わたしは、この言葉で自分の本質とそうでないものとを毎日、毎瞬、判断し、確かめ、切り分けながら歩んできたように思います。
嵐の中でも断崖絶壁のときも、この言葉が、蜥蜴が尻尾を切り離して自分を助けるように自分の中の余計なものを切り離しては、わたしの命を救ったのかもしれません。

苦しみを感じている自分、劣等感を感じている自分、依存している自分がいる。しかし、苦しいと感じるのは、劣等感を感じるのは、依存しているとわかるのは、自分がその状態を当たり前だと思っていない証拠です。つまり、それらの自分は本質ではない。本質の自分は、苦しんでいるとわかる自分、依存していない状態を理解できる自分なのです。

その、観察者である方の自分と出会う。それが自分の本質と出会うひとつの方法であると感じます。この観察者である自分の視点を感じる。その視点をもっと広げる。「これが現実だ」と今までずっと信じてきた自分とその観察者であるもうひとりの自分との存在を、意識の中でそっくり逆転させられた時、そのときが、わたしが大きく苦しみを吹っ切れた時であったように思います。


さて、チョプラ氏は、自分の「純粋な可能性の場にアクセスするため」つまり、自分の本質とまっさらな可能性に目覚めていくために、また別の幾つかの方法を提案しておられます。それは、「沈黙」「瞑想」「判断しない」「自然と触れ合う」という四つの方法です。これから、実践して行こうと思います。
過去を振り返りデトックスするワークと、過去に拘らずに積極的に今を生きるためのワーク。どちらも同時に行なえる恵まれた状況に感謝です。なんとも贅沢であると思います。
もしかしたら、過去にはもう拘らなくても良いのかもしれない。でも、「エンジンに入った砂は取り除かないと、効率よく進めない」とカーネギーは言いました。やはり両面から進めてみようと思います。^^


人は皆、自分の本質に覆いをかけている状態なのかもしれません。自分らしく生きることは、他人や社会からの承認に頼らずに、自分の判断で生きることを意味します。それは恐ろしいこと。誰もが、その最初の一歩ではためらうのだと思います。
しかし、いつ失われるかわからない、海の波のような気まぐれな他人の評価に身を委ねては、安定した生き方はできないのでしょう。他人本位の幸せはいつか失われる可能性がある。でも、自分本位の生き方はそうではありません。
自らの本質に目覚めた人は、最初にも書いたような失われることのない不動の幸せを手にするのでしょう。それは、自らの本質に、永遠、不動、といった性質がもともと備わっているからなのだと思います。


チョプラ氏は、言います。
「エゴにもとづいたパワーは、自分の物差しとして照らし合わせている対象がある間しか続きません。(中略)一方、自己のパワーは
永遠です。(中略)自己のパワーには一定の特徴があります。自己のパワーは、人を惹きつけ、あなたが望む物事も引き寄せます。それは
、人や状況や環境を磁石のように引き寄せ、あなたの願望を支援させるのです。(中略)あなたは人とのつながりを楽しみ、人々も
あなたとのつながりを楽しみます。あなたのパワーはそのつながりそのもので、つながりは真の愛からくるものなのです。(p24〜25)



引用は、すべて『富と成功をもたらす7つの成功』(ディーパック・チョプラ著 大和出版)より





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posted by 桜 美穂 at 22:20| Comment(4) | TrackBack(0) | ディーパック・チョプラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする