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2009年10月21日

マイナス感情を満喫するということ。〜体験談 そのF「恐怖を満喫する。」〜

まだまだかなぁ。。と思わせられました。

大丈夫かと思っていましたが、夕飯の買い物に出て、ちょっとしたことで人が怖くなってしまいました。

大丈夫大丈夫(^-^)と思いながら帰ってきましたが、ドアを開けて中に入ると、怖くて体が震えました。

蝉のように壁に張り付いて、息を整えました。

怖さをまともに満喫しないで、「大丈夫だ」と押し込んでしまったから、強く反発して表れたように感じられました。「怖がってもいいんだよ」と、自分に語りかけて許しを与えると、不安がどんどん引いていくのがわかりました。


「お母さんまだかな」と、上の階の居間から声がします。でも、震えが止まるまで、もう少し隠れていようと思いました。真っ暗な玄関近くで壁に張り付いて震えている自分は異様で、何かの小動物みたいだと思われました。これは、彼らの生きる知恵なのですね。見習おうと思いました。


そうして、暗闇に隠れて息を整えていたら、ずいぶん幼い頃の記憶が思いがけなく甦ってきました。家が荒れるたびに、息を潜めて隠れていた記憶が、デトックスされるために浮かび上がってきたのでしょう。


不信感や恐れや過去の不安が混ざり合ってややこしく、でも全部がデトックスされている。素直に怖がり素直に隠れることが許されているのだから、何も怖がらずただ満喫しようと思いました。

何ができなくても良い、ただ自分は自分で良いのであり、貴さは微塵も傷つけられはしないと、揺るがない安心感が、辛さの中でも自分から去っていないことが感じられました。いつも不安に囚われるときと、明らかに何かが違っていました。


怖さを見つめました。

わたしは何をこんなに怖がっているんだろう。
わたしが怖がっているのは誰?
買い物ですれ違ったあの人?
それとも過去の誰か?
それとも、自分自身?

何故怖がっているんだろう?



今夜は、恐怖を満喫です。ちょっと辛いです。でも、大丈夫だと思います。


怖がってもいいんだよと自分に許可できたら、怖くても不安でも、アディクションに逃げる必要がないのだと知りました。


そして嬉しいことに、とても嬉しいことに、こうして辛さを感じていても、誰にも助けて欲しいという感情が出てきません。誰にもすがりたくなりません。依存する必要などない。そんなことよりも、ずっとずっと素敵な関係がある。依存などつまらない。そう感じるのです。

何が起きているのでしょうか。これが、満喫の力なのでしょうか?

逃げていた何十年もの日々、依存の辛さはひどくなるばかりで(いや、だんだん浮かび上がっていたのでしょうか)、不安定さが酷いときは服薬もし、一生坑うつ剤を飲まないと普通に生活できないとすら言われたこともありました。それがただ「満喫」だけで、こんなに呆気なく無力になってしまっていいのでしょうか。

嘘みたいですが、いいのでしょうねぇ。。。。


持続してくれることを、期待します(^O^)



ありがとうございます。





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2009年10月28日

迫り続ける人生の愛〜【澤谷鑛&池川明トークライブショー】体験談。〜

≪家族の絆を紐解く たましいからのメッセージ≫
澤谷鑛池川明トークライブショー in 東京】

に、先週末、つまり10月24日土曜日、参加してきました。

10月24日に続き、翌日25日は、茅場町で、澤谷鑛先生のヒューマンライフ研修会でした。
これがまたすごい。ひと言たりとも無駄にできない濃密な時間であったのはいつものことですが、本当に時間を無駄にしたくないとの、澤谷先生の気迫がびんびんと伝わり、両日とも圧倒されるばかりでした。

トークライブショー澤谷先生と対談をされた池川明先生とは、胎内記憶を研究しておられる産婦人科の先生です。
すべての赤ちゃんは、お父さんお母さんを選んで生まれてくるのだということを、いろんな不思議な体験を交えてお語りくださいました。
死産であろうが流産であろうが、中絶は良くありませんが中絶であろうが、赤ちゃんはお母さんを愛して、選んで宿り、お母さんの幸せを望んでいる。自分の命をかけてでもお母さんを幸せにしようとする。赤ちゃんの幸せは、ただただお母さんが笑っていてくれること。お父さんとお母さんが幸せで居てくれることだと、そのように話されました。

ご説は、ご本を拝読して存じておりました。しかしわたしにはわからなかった。虐待されて殺される子は、どうなりますか。子をごみ箱に入れて殺す母がいる。赤ちゃんをフライパンで焼く母がいる。それでもその子は、母のために生まれてきたと言えるのでしょうか。ふざけるなと思いました。どうしてそんなことが、どの顔で、どの口で言えるのか。失礼ですが、そう思いました。

澤谷先生は、池川先生に初めてお会いになられたとき、まず最初にお訊ねになったそうです。
「あなたも、中絶手術をするんでしょ?」と。
そのご質問は非常にもっともです。中絶と言えば言葉はひと言で済んで簡単の思えますが、現実には、既に人の形になっている胎児の四肢をバラバラに切断して掻き出すのです。あるお母さんは中絶後胎児を見たいと先生に懇願され、トレーに入れて運ばれてきたその実物を見て、あまりの酷さに気絶されたといいます。事実はそういうものなのですね。

池川先生は、澤谷先生のご質問に「
赤ちゃんに、中絶してもいいかどうか訊ねます」
と答えられたそうです。

自分で死ぬと決めている子は、どうやっても死んでしまう。
でも、そうでない子はどうやっても何としてでも救わなければならない。
でも、いくら頑張っても間違って死んでしまうこともある。
この世に命を授かって来ただけでもすごいことなんだ。その子にとっては幸せなことで、意味があることなんだ。宿っただけで喜びなんだ。お母さんはたとえ生きて生んであげられなくても、自分を責めないで欲しい。流れる子もお母さんを愛している。赤ちゃんはお母さんの事情をすべてわかっていて、ただお母さんのことだけを考えている。
ある子は、お母さんのために、生まれる選択も自分が胎内で死ぬ選択もできた。そして両親が自分が死ぬことをきっかけに大切なことを学んで幸せになるために、いちばんこの時期が適当だと判断してその時期に自ら胎内で命を絶った、と語ったそうです。

赤ちゃんがそのように、胎内で自分の命を維持する成分を、自ら分泌することを止めて死産に至ることがあるとは、確かに聞いたことがありました。



自らを主張して当たり前の人間であるのに、他人のため、いや大好きなお母さんのために自分を殺してもいいと透明な目でものを見、考えている魂がある。すべてが満ち足りた天から、苦しみのある地上に降りてきてくれる魂がある。
ただ死ぬためにであっても、それを知りながら、承知しながら生まれてきてくれる魂がある。
自らを含んでいた命の大元を離れて生まれようとしている魂は、自分がそれまで所属していたところをよく知っているのでしょう。
死ぬことも生きることも、ただふすまを開けて隣の部屋に行くようなものであり、死ぬことはただ自分が生まれ出てきたところに戻るだけのこと。赤ちゃんはそれをよく知っていて、戻ることを少しも恐れていないのでしょう。

この世に生きるわたしたちは死を恐れますし、死ねば終わりだと思う。でもそうではないのですね。
赤ちゃんは、生まれながらに永遠につながっている感覚を持っている。成長するに従ってそれを忘れてしまうのですね。

そしてまた、そのような魂を妊娠によって授かるお父さんお母さんは、どれほど天から愛されているのか、という話なのです。
そんな貴重な命を、生かそうが殺そうがあなた方次第だ、と授かるわけですね。
これはむちゃくちゃな信頼ですよね。
あなたにもし、大切な赤ちゃんがいるとして、あなたはその子を誰彼なしに抱かせるでしょうか。
大切な赤ちゃんを、虐待されるかもしれない人の手に委ねたりするでしょうか。
でも、天は、自然は、それをやるわけです。なんということでしょうか。
それはどういうことかというと、天が、自然が、親を渾身の愛で愛しているからですね。そこにあるのは絶対的な信頼です。
失敗しても、殺してしまっても、そこから学べ、立ち直れと、人生は親に迫り続けている。
本気の本気で、迫っている。わたしも含めてすべての親は、たやすく壊れてしまいそうな弱い存在を手の中に授かり、子を愛し育てることを通して自らも育つようにと絶えず絶えず問われ続けている。

天は、自然は、赤ちゃんの命で、親の命を養おう、癒そう、育てよう、そして救おうとしているのですね。
そしてきっと親だけではない。すべての人を救おうとしているのではないでしょうか。
虐待死のニュースが世に流れることで、どれほどの人がそこから学び、自身を問い、命の大切さを考え直すでしょうか。間違いなくそうしたすべてのすべての人のために、その赤ちゃんの命は役立ったといえるでしょう。
親は、赤ちゃんの命で救われている。
そして、赤ちゃんもまた親の命で養われて育つ。
命と命のやり取りがそこにはあります。それこそが愛であるのですね。



わたしは、自分のせいで子どもが傷つくことを自分に許せませんでした。自分を責め続けてしまった。
でも、わたしがいちばん子どもを傷つけたのは、自分がこどもに優しくできなかったことではなかった。
わたしが自分を責めて笑顔を失うことこそがいちばん子どもを傷つけていたのでした。
そこまではわかっていた。でも、わかってもなお、受け入れることができませんでした。
自分がしたことの結果を、子どもが負うことは耐えられなかった。
野口さんの『鏡の法則』を読まれた方は多いと思います。あの話では、お母さんが父親に許せない思いを持っていたがために息子さんがいじめられてひどい目にあいます。
お母さんがしたことの結果を、どうして子どもが受けねばならないのでしょう。
わたしがしたことの結果であるならば、わたしに負わせればいいのに、天は、自然は、人生は、そうしない。
それがわからなかった。どうしてもわからなかった。



でも、池川先生のお話を聞きながらだんだんとわかってきたのです。
子どもの命も親の命もどちらも同じに大切なのだと。
子どもの命を犠牲にしてでも救われなければならないほど、親の命もまた貴いのだと。
たとえ、どんな親であっても。虐待したりアルコール中毒であったり人としてぼろぼろであったとしても、それでも貴いのだと。
命は命でしか救えないのだと。救うためには必ず死ななければいけない、という意味ではありません。
でも、命を救うためには命を差し出す以外にはない。それが愛。愛と命とは同義語だと思うのです。
わたしは生かされている。生きねばならない貴い存在であるのだと、それを受け取れ、受け取れと、迫られている。
わたしがそれを受け取るまで、人生は、天は、どこまでもわたしを追い、迫り続けるのでしょう。
受け取らなければならないと、感じました。今度こそ、しっかりと受け取らなければならないのですね。



同じように、わたしの両親もまた癒されなければならなかった。わたしや姉を苦しめてでも癒されなければならなかった。何人もの兄弟が流産してでも救われなければならなかった。両親もまたそれほどに愛されて貴い存在であったのですね。そのように渾身の愛で両親を愛した愛が、今自分を生かしわたしの子どもを生かしている。生かされている。連鎖だの何だのといいますが、呪われているわけでもなんでもない。本当はそこにあるのはただ満ち満ちている愛なのでしょう。ほんの少し視点を動かすだけで鮮やかに見えてくるように、愛はそこにある。どんな虐待の悲劇の中にすらも、天からの愛はそこに満ちている。

それでも痛みはある。悲しみはある。どうしようもないくらいにある。それでもいつも満ちている愛を知るとき、涙を流しながらも感謝することができる。喜ぶことができるようになるのだと思います。



池川先生のお話を生で伺えてよかったです。先生はきれいごとを仰らない。
すべての赤ちゃんの命を大事にされる先生。その赤ちゃんの思いをきちんと受け止めてあげようと、本当に真剣に、誠実に向き合われる先生のお姿は、限りない優しさと人としての貴さに満ちておられ、深く感動しました。
悲劇はある。悲しみもある。虐待の事件も後を絶たない。医療事故もある。生き死にに関わる問題に直面しておられるお仕事です。命の境目のぎりぎりのところにおられる。そのようなぎりぎりのところで赤ちゃんだけでなくお母さんの命にも癒しにも、正面から向き合われ全力を尽くされる先生のご存在は、澤谷先生と全く同じものであると思われました。
澤谷先生はシャープで鋭く、池川先生はゆったりとまろやかに、全くカラーの違うお二人ですが
人を、命を尊ばれることに存在すべてを賭けられるその本気の本気のところで、ぴったりと一致しておられる。
赤ちゃんから、またクライアントから、その命から、人生から天から、学ぼうとされる謙虚さ。己のエゴをまったく振り回されない清々しさも、全く同じものをお二人に感じました。

週末のセミナー後から、あまりにも混乱が激しく、苦しくてなりませんでした。
それが夕べ、ちょっと不思議な体験をして、そこからふっと楽になりました。
わたしが生まれる前に流れてしまって生まれることのなかった兄、姉、そして先に逝った父が、祖先と共に、何もかもわかっていてその上でわたしを応援してくれていることを知ったのでした。
父が、初めて満面の笑みでイメージの中に現れてきました。母や姉を、あたたかい思いで見つめられると思いました。
苦しくてならなかった間、ただ書くことだけが心を楽にしてくれました。どれほどの量を書いたことでしょうか。。。
これから少しずつ、アップしていこうと思います。



長い文をお読みくださり、ありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。



トークライブショーが終わり、懇親会も終え、ホテルにチェックインしたときの写真。

1319569549_36s.jpg

浅草ビューホテル23階の夜景。


ホテルで借りようと思っていたパソコンが、借りられず、仕方なく携帯でミクシィ日記のみ投稿。ブログの更新を週末お休みしていたのには、そういうわけがありました。楽しみにしてくださっていた皆様。ごめんなさい。


こちらは、25日の朝のホテル室内です。

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完全に無音の朝。完全に家事から解放された朝です。






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2009年11月11日

過去から現在を解く。その1

人の念というものがあります。
生きている人、亡くなられた人、関係なく、その思いは存在し続けると言います。

別に、これは、亡くなった人の供養をしなければとか、生霊の祟りであるとか、そういうことではないのです。ただ、念が存在して、影響するということがありうる。その念を払うためには、何もお坊様を呼んで来る必要は無く、高価な壷を買う必要も無い。ただ、その人の思いを十分に感じて共感する。それだけで良いのだといいます。

この世のすべては突き詰めればエネルギーであり、物体も出来事も、平たく言ってしまえばただエネルギーの集合体である。そして、目に見えない思いもまたエネルギーであるのだと言います。だからこそ、引き寄せの法則というものが理論的に成り立つわけですね。
すべてのものが目に見えないエネルギーでできているからこそ、「自分の思い」というエネルギーをプラスにすることで、同じプラスの性質のものが引き寄せられてくる。目に見えないものだけではなく物質的なものすらもプラスの性質に変化させたり、思いと同じプラスの波動を持つもの、人を引き寄せたりすることが起きるわけです。

澤谷 鑛先生のご本に、ストーカーの話が出てきます。
女性がストーカーの被害に悩まされていた。しかし、それは、女性を思い心配する父親の念がストーカーの寂しい思いに共鳴して引き寄せたものであった。この女性が父親の愛情や寂しさを十分に共感した時に、ストーカーはいなくなったそうです。親子という非常に濃い絆が引き寄せたトラブルであったのですね。絆とは、法則として働く一面があるのです。

野口嘉則さんの『鏡の法則』でも、似たようなことが書かれています。
お母さんがご自分の父親を許せない思いを抱いていらしたばかりに、お子さんがいじめに遭うという話でした。お母さんが許せないと憎まれるマイナスの感情が、めぐりめぐってお子さんへのいじめという形で戻ってきた。それは、お母さんが「いじめられる」つまり「愛されない」という悲しみ苦しみを知るために起きたことであり、それを通して父親の悲しみ苦しみを知るためであった。それが「鏡の法則」であり、この世はこの法則のもとに動いている、というのです。

この法則から逃れて存在できる人はいません。だから「法則」と呼びうるのです。引力の法則を見てもわかります。良いことをしていようが、悪いことをしていようが、平等にすべての人に働いています。その人が正しかろうが間違っていようが、法則の働きには何の関係もないのですね。

この法則を知ってしまうと、もう、他人や外部を責めることができなくなります。何もかも、自分のしたことや、自分の思いがめぐりめぐって返って来たというだけのこと、となるからです。

しかしこれは、希望でもあります。自分がプラスの波動を発するようにすれば、自分に返って来る出来事のすべてをプラスに変えることができるからです。もはや、周囲に支配される人生ではない。自分の態度次第で支配し、コントロールできる人生の始まりなのですね。



さて、前置きはここまでにして、さくらみるくの体験談に入ります。^^
よろしくお願いいたします。


法則について、わたしには、ずっとわからなかったことがありました。

子どもを傷つけられることは、辛いことです。
自分のしたことの報いを、どうして子どもが負う必要があるでしょうか。
負わなければならない報いなら、本人であるわたしが負えばいい話なのです。
どうして、子どもが苦しまねばならないのでしょうか。
どうしても納得がいきませんでした。

末の娘が傷つけられた。しかも、違う時期に違う相手から、まったく同じことをされた。明らかに何らかの引き寄席が起きていると思われました。他愛も無い子どものいたずらと言ってしまえばそうなのですが、あまりにも性質が悪く、わたしはそれによって傷つきました。自分の何がこの出来事を引き寄せたのか、怖くて見つめられませんでした。現在自分が抱いている何か、不適切な思いが反映されているのではないかと恐れたのでした。

しかし、発熱している中で、自分の人生の何が鏡となって現実に投影されているのかを振り返り、探し、過去を手繰っている中で、色々なことが思い出されてきたのです。そして、娘にトラブルを引き寄せたのはわたしの現在と言うよりも、過去ではないかと思われてきました。


続く。





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過去から現在を解く。その2

さて、

自分の中には、甘えたいと、父親を求める絶えざる願いがありました。
そうした感情は、自分でコントロールできていればいいのですが、そうでなければ、非常に困ったことになりかねません。結婚する時わたしは、もう二度とそんな感情はいらなくなったことを心から喜びました。喜んだついでに、もうこんなものはいらないからと、心の奥にしまいこんで無かったことにしたのでした。

しかし、過去に向き合った時にはっきりわかりました。
ややこしいからと、心の奥にしまいこまれた感情はまだ生きていた。
きちんと納得して処理されたわけではなかった。
そして自分は、その感情がまだ生きていることを知っていて恐れ、その感情を見るまい。気付くまいとしたのだと思いました。
自分の中の、コントロールされない見境の無い感情と向き合うことの恐ろしさといったらありませんでした。
怖いからこそ、向き合う必要があるのでしょうが。。。^^;


さて、インフルエンザの熱のさ中に書いた文があります。書きなぐりです。でも、書き直さずにこのまま出そうかと思います。
取り急ぎ、デトックスを整理したい。よろしくお願いいたします。





娘に起きた事件を通して、自分が結婚前に甘え、また噛み付き、大事にしなかった人たちの思いがわかった。
気を持たすだけ持たして逃げてみたり、甘えながら彼らを信じていなかった自分のしていたことは、良くなかった。
因幡の白兎が並んだ鰐の背中の上を飛び歩くように、綱渡りのようなことばかりを繰り返してたんだ。
大事にしようとする気持ちがなかった訳でもないと思うのだけど、自分を大事にできない人間に他人を大事にできるわけもなく
そうだな、やっぱり、大事にしてなかったよな。。と、反省する。
と、同時に、どれだけたくさんの人がわたしを守ろうとしてくれていたか、
欲と二人連れの状態であったとしても、その心中には紛れも無く、わたしを大切にしようとする思いも存在していたのだと
今となってはよく理解されて、何を一人で不幸を演じていたんだろうと思う。
自分が、受け取りたくないがために、得られない状況を、わたしはいつも作ろうとしていたんだ。
「かわいそう」でいたかっただけなんだ。なんということ。そうだったんだ。
なんだか、何もかもがはっきりと見えてきた。

人の念があって、それが追いかけてくるとか影響するとか、ほんとだろうかと思うような話だけど、たとえそれが嘘であってもいい。そんな考え方を通して、自分が相手の心を気持ちを、慮ることこそが大切であって、そうすることで、自分の人生をすっきりと整理できるのだ。

人の念があろうが無かろうが、確実なのは、自分の潜在意識の中にすべては記憶されていて、その記憶の中にすべての不幸の種はあるのだということ。わたしが、過去にしてきたことを、わたしの表面の記憶は忘れていても、潜在意識は覚えている。その出来事とその時の気持ちを刻んでいる。自分のしたことが刻まれているから、その記憶に相当するだけの現実を作り上げ引き寄せるのだ。それが、本当にわかった気がした。

わかったのならば、光に返せばいい。不幸の種なら除けばいい。もう大丈夫。そんな気がした。


わたしがずっと見境のない寂しさを感じてきたことも、過去の彼らの念であったのかもしれない。
わたしの寂しさは、わたしの親の寂しさ。わたしを抱きしめたいと願いながら抱きしめられない親の寂しさであると知った。
でも、知った後もわたしの寂しさは完全には去らなかった。父に対する思慕を吐き出して依存から抜け始めても、完全には怖さが去らなかった。
親のほかにも誰か、わたしを抱きしめたくても抱きしめられないと苦しんでいる(た)人。
わたしが苦しんだように、抱きしめられたいと切望している(た)人がいるはずだと感じてきた。
見たくないと怖がって、逃げ回っている領域が、人生にまだあると感じてきた。
そーだったんだ、これに気付かなければならなかったんだ。これが残ってたんだ。


わたしの大事な娘が傷つけられて。。。と、苦しんだ。わたしが苦しめばいいのにどうして娘が、と自分を責めた。
でも、何というエゴだったんだろう。
世界に、自分と自分の家族しかいないとでも、わたしは思っていたんだろうか。
どの人もどの人も、全く等しく貴いのに、なんて自己中心的な考えをしていたんだろう。
過去に関わったどの人もどの人も、全く等しく同じように貴かったんだ。
だから、ただ単純に法則はすべての人に平等に働いていただけのことだったんだ。
わたしの狭い頭と価値観が、壊されて、広げられる必要があったんだ。ようやくわかった。
「どうしてわたしの子が、どうしてわたしでないのか」と天に問うていたことの答がここにあったんだ。
わたしが、わたしが、わたしの子が、わたしの子が、と叫ぶわたしのエゴが問題だったんだ。
わかった。ようやくわかった。なんという自由。なんという広さ。なんという愛。人類皆兄弟だったんだ。
わたしたちはみんな一つだったんだ。それをわたしは悟らなければならなかったんだ。

『モーゼス・コード』を始めて通して読めた。書いてあることは難解じゃないのだけれど、なんだか読みにくくていつも読みかけては途中で止めていた。
でも、今日改めて手に取ってみたら、今度はすらすらと読めた。全く切り口は違うし、使われている言葉も全く違うのだけれど、
澤谷先生のセミナーでもいちばん深いヒューマンライフ研修会で
ようやく触れられるような深いところで、つながっている。同じことが言われている。同じところをつかもうとして語られている気がした。
内容を、全部、養成講座の課題などで使い慣れた言葉に代えて読んでみたら、以前は難解だと感じられたものがストンと落ちた。
面白いと思った。これが、今回の発熱の、いちばんの恩恵なのかなと思う。





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2009年11月12日

すべてが解けた。大きな大きなデトックス。

まだ、文章を練れるところまで頭が発熱から回復しておりません。さすがはインフルエンザです。しつこいです。敵ながらあっぱれです。乱文ですが、しかし、一刻も早く書いておかねばと気がはやりますので、出すことに決めて書いています。読みにくかろうと思います。皆様ごめんなさい。

先の日記で、このように書きました。


>わたしがずっと見境のない寂しさを感じてきたことも、過去の彼らの念であったのかもしれない。
>わたしの寂しさは、わたしの親の寂しさ。わたしを抱きしめたいと願いながら抱きしめられない親の寂しさであると知った。
でも、知った後もわたしの寂しさは完全には去らなかった。父に対する思慕を吐き出して依存から抜け始めても、完全には怖さが去らなかった。
>親のほかにも誰か、わたしを抱きしめたくても抱きしめられないと苦しんでいる(た)人。わたしが苦しんだように、抱きしめられたいと切望している人がいるはずだと感じてきた。見たくないと怖がって、逃げ回っている領域が、人生にまだあると感じてきた。
>そーだったんだ、これに気付かなければならなかったんだ。これが残ってたんだ。


この気付きに至るまで、見たくない見たくないと、どれほど心は逃げ回ってきたことでしょう。先月東京で、体内記憶の池川先生のお話を聞いたところからすべては始まりました。見るまいとして押し込んできた見境の無い寂しさが噴き出してきた。その寂しさの正体と、自分が寂しさゆえにかつて行なってきたことのすべてと、わたしは向き合わされました。だから怖かったのでしょう。とてもとても苦しまされました。

でも、いざ向き合ってしまえば光が満ちてきました。
人間やっぱり、自分で気付かない領域を持っていないほうが幸せなのだとしみじみ感じました。
過去を受け入れられるに従って、色んなもの、ことがはっきり見えてきて、わたしがどうして池川先生のお話であれほど心をざわつかせたのかも、はっきりとしてきました。

生まれることなく流れてしまった、兄、姉の思いを、感じることができたのです。


これまた、高熱の中で書いた文があります。熱の賜物。インフルエンザの賜物に他なりません。^^

これもまた、書き直さずに出そうと思います。
よろしくお願いいたします。




先に逝った兄、姉は、どんなにか生まれたかったのだと思う。
どんなにか、生きたかったのだと思う。

生きて、父母の腕に抱かれたかっただろう。
母乳を味わいたかっただろう。父の広い胸も背中も知りたかっただろう。
寒さも痛みも、味わいたかっただろう。
成長して父母の愛や心配りを受けたかっただろう。
思うように生きて、父母に心配もかけたかっただろう。ケンカもしたかっただろう。

たくさんの友達を作り、働き、素敵な恋人に出会い、結婚して、
子どもを持ちたかっただろう。
いろんなところに遊びに行きたかっただろう。朝日の美しさも夕焼けの美しさも
夜空の星も、山も海も、花も、どんなにか堪能したかっただろう。
そうしたものと共に、どんなにか、生きたかっただろう。

オシャレもしたかっただろう。おいしいものも食べたかったろう。遊びたかったろう。
抱きしめられたかっただろう。愛されたかっただろう。心を通わせる幸せを感じたかっただろう。
どんなに思っても、心の届かない悲しみも感じたかっただろう。

そして、悪い事だってしてみたかっただろう。
お酒も呑みたかったろうし、タバコだって体験したかっただろう。
ちょっと、人を傷つけてみたり、裏切ってみたりもしたかっただろう。
偉ぶってみたり、愚かなこともしてみたかっただろう。
依存してもみたかったろう。許されない恋に苦しんでもみたかっただろう。

どれほど兄は、姉は、生きたかったのだろう。
どんなにか、どんなにか、彼らは生きたかったに違いないのだ。

楽しいこと、嬉しいことは言うに及ばない。
苦しむことも、悲しむことも、痛むことも悩むことすらも、間違いなく「生きること」なのだ。
兄、姉は、苦しみ悲しみにすらも、「生きたい」と、焦がれたのではないだろうか。愚かさにすら、間違いにすら、「生きたい」と、焦がれたのではないだろうか。

依存することもそうだ。それは、ある意味貪欲なほどに生きようとする行為ではないか。
兄は、姉は、その依存の対象を味わいつくしたかったのではないのか。それは、「生きたい」と願って止まない彼らの思いのほとばしりであったのではなかったのか。
その対象を、その刺激を、味わいつくそうとする貪欲な衝動は、生まれることもなく逝かねばならなかった兄、姉の、焼け付くように強烈な「生きたい」という執着の念であったのではないのか。

そう思ったときに、何もかもが解けたような気がした。

あれもこれも、あの時もこの時も、ただ「生きたい」という純粋な彼らの念に、わたしはただ突き動かされてきたのだと。
ならば、わたしはこの世でこの身で、この人生で、彼らの分も、どんな感情もただただ満喫して堪能して生きれば良いのだと。
彼らの突き上げる思いのままに、たとえその思いが間違っていようが、愚かであろうが、思いに忠実に、彼らの代わりに彼らの分まで
その愚かさを生きてあげたい。それが、兄、姉への何よりの供養になるのだと、
そこまで思ったとたんに、自分を縛っていた何かが、ばらばらとはずれた気がした。

何をしてもどこにいても、腰の辺りにぶらぶらとたくさん、まるでぶどうの房のように釣り下がっていた、依存や不安や、憧れや、その他諸々のいろんな辛い感情がすっかり落ちてしまい、残っているのはただ、素の自分だけ。
何にも引っ張られること無くただ、目の前にある状況や、目の前にいる人を見て、拘りなく自由にまっさらに感じられる自分だけ、になっているのだ。
この自由さは、どうしたことなのか。
自分を破滅に引っ張ろうとしていた感情も、先の日記で書いた見境の無い寂しさも、何もかもが落ちて、正気に戻ったように感じるのだ。
今まで、生まれてきてからずっと、何十年も長い夢を見ていたような気がする。
何もかもがすっきりと解けた気がする。






デトックスが、またひとつ進みました。
大きな、大きな、デトックスでした。大変に苦しみました。

続いて、体のデトックスが始まっています。
東洋医学に基づく食養家、富田哲秀先生のご指導の下、体内から有害物質を排除して生きる力と、神経を活性化する食養生の始まりです。脳と神経が研ぎ澄まされるため、大事な決断の前にはこの10日間養生が非常に望ましくなるそうです。ただただ命を養う命のみを頂いていることに、感謝が溢れます。どれだけの方々のご好意と手間を経て、自分の健康が取り戻されつつあるのだろうと。。。

最強の美顔器コスミック・デューによる、お顔のデトックスも進んでおります。^^
ちなみに、富田哲秀先生は、「顔と内臓は密接につながっている。内臓は直接手を触れられないが、顔ならば手入れができる。ならば、顔から内臓の手入れも出来るのではないか」と、大きな可能性を感じておられるようです。それで富田先生は、その可能性を実証するために、毎日コスミック・デューでお顔のお手入れをなさっているのだそうです。面白いですね。^^

来月の5日には、新大阪で、澤谷 鑛先生の家系のデトックスのセミナーも行なわれます。特にアダルトチルドレンAC)の方々にとっては、世代間連鎖ということは非常に大きな関心事であると思いますが、家系に連鎖しているものを断ち切るためにも、これは非常に有意義な、どうかすると人生をひっくり返せるほどの大きなきっかけになるセミナーであると思います。毎年この時期に一回だけ、定例で開催されている澤谷 鑛先生の家系のデトックスセミナー。楽しみです。
http://www.kou-sawatani.com/sem-hls.html


なんとまあ、デトックス目白押しです。^^
幸せになるのだと、健康になるのだと、しっかり腹を据えて人生に向き合っていきます。
さくらみるくの人生も身心も、根本からの生まれ変わりを経て、すっきりときれいになれそうな気がします。


ありがとうございました。





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≪お知らせ その1≫

マイナス感情でいっぱいになった潜在意識をクリアーにしていく、感情の抑圧を解く方法があります。

【インフォトップ出版主催】足利哲也プレミアオーディオセミナー


≪お知らせ その2≫☆在宅でひとりで取り組める、待望のアダルトチルドレン回復のためのワークができました!AC治療第一人者、西尾和美先生の製作です。

西尾和美の アダルトチルドレン 癒しと回復のためのセルフスタディキット
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posted by 桜 美穂 at 07:59| Comment(6) | TrackBack(0) | さくらみるくの体験談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月19日

おじいさまの悲しみ。

父母が結婚して9年たって姉が生まれ、また9年経ってわたしが生まれました。わたしは、父母の結婚後実に18年目の子どもです。なので、両親共に大正の生まれであり、わが家には普通の家庭での「両親」の年頃の人がいなくて、いきなりおじいちゃんおばあちゃんに育てられたようなものです。^^

父のことで心をいっぱいにしていたわたしに、あるとき澤谷 鑛先生は思いがけないことを仰いました。

「あなたは、おじいさん似だと思う」


。。。。。。。。????????。。。。。。。。。


わたしは祖父を知りません。仏壇の写真でしか見ていないので、本当に実在したのかどうかすら実感がありません。澤谷先生は祖父はおろかわたしの父すらもご存じないというのに、何と不思議なことを仰るのだろう。そう思いました。
しかし、先生がそのように仰ったのには根拠があったようです。およそ女性らしからぬ論理的な文章に、戦前に早稲田の漢文の教授であった祖父の影響をご覧になられた。そして、わたしは「祖父の応援を受けているようなものだ」と仰いました。


昨夜のこと、ふと、澤谷先生のそのお言葉が思い出されました。
そして思いました。

 わたしが論理的に物事を突き詰めて捉えよう、捉えたいと書くのは、そうか、祖父譲りか。
 ならば、わたしを突き動かして書かせているのは祖父の血であり、 祖父の魂なのか。


おられたのかどうかの実感すらない祖父を、ふと「おじいさま」と、親しく呼んでみたくなりました。そのとき、今まで考えたことのなかった問いが、心に広がりました。

 おじいさまは、わたしがそうしなければいられないようにきっと、
 色んな物事を論理的に徹底的に分析され、突き詰めようとされるご性分であったのだろう。
 ならば、おじいさまはそのように論理的に突き詰めようとされながら、
 一体何を、捉えようとされていたのだろう。


山のような漢文を読破されてきた方です。絶えることのない追求の心で、征服欲にすら燃えてそれらに取り組んでこられた方です。頭の良い方であったのでしょう。簡単に解けるような問題であれば、すぐに飽きてしまわれたかもしれない。わたしが養成講座で頂く禅問答のような難問に魂が痺れるほど魅了されるように、祖父もまた、難しい文献を見ればみるほど闘志を燃やされたのかもしれません。

ならば、簡単に解けない問題にこそきっと魂を奪われておしまいになったはず。そして、わたしの中にその祖父の衝動があるのだとしたら、わたしがその祖父の衝動に突き動かされているのだとしたら、祖父のその「衝動」とは、何に向かっていたのだろう。何を捉えようとしていたのだろう。そう思ったのです。


そのとき、祖父の心の深い、深い悲しみが伝わってくるように感じて、胸が締め付けられました。祖父の魂からわたしの魂へと、流れ込んでくるように感じられました。それは、祖父の長男に対する愛でした。なんという悲しみであることか。

祖父の長男は、身分違いの恋愛を反対されて(何が「身分」なのやら、現代に生きるわたしにはわかりませんが)勘当されて家を出ています。勘当されたままで出征され、外地で戦死されたと聞いています。

それはいったい、どれほどの悲しみであったのでしょうか。
愛する息子、跡継ぎの長男に背かれる悲しみ。
自分でその子を断ち切らなければならなかった悲しみ。
そして息子の死に目にすら会えなかった悲しみ。
その悲しみの原因を自分で作ってしまった悲しみ。
祖父は「自分が殺した」と思ったかもしれない。
どれほど論理的に解こうとしても解けない悲しみと闇の中で、どれほど苦しまれたのでしょうか。どれほどお辛かったでしょう。

もしかしたら祖父は、論理的にすべてを捉えようとするあまりに、長男さんの心を理解しきれず、捉えることもできず、失ってしまったのかもしれません。論理的に漢文を解くようにしては捉えられない祖父の悲しみを、今度はわたしが解き、捉える役割を受け継いでいるのだろうかと思われました。
だからわたしは、漢文を読む代わりに澤谷 鑛先生の養成講座で心を練る巡りになっている。論理的に突き詰めながら、学問に行く代わりに心や思いについて突き詰める巡りになっているのかもしれません。わたしが養成講座でそのように心を澄ませ、また練っていく中で、祖父の悲しみや無念の思いが昇華され、祖父も究め切れなかった解き明かしが行なわれる巡り会わせなのかもしれません。


その戦死された長男さんのお辛さも、同じように伝わってきました。
どれほどお辛かったでしょうか。父親に反発なさっていても、それは愛の裏返しです。どれほど戻りたかったか。認められたかったか。そして幸せになりたかったか。故郷にも戻れず、妻や3人の子どもも置いて外地で死ななければならなかったこの方の悲しみ、無念さは、どれほどのお辛さであっただろうと、まるで映画を観るように伝わってきました。


お二人のなんという悲しみであったのか、なんという愛であったのか。
どれほどお辛かったのだろうと、その思いをこうして共感して差し上げることで、共に感じ、涙を流すことで、そのお辛かったご念を抜いて差し上げられるのだと思われました。そして、自分の中に流れている伯父の思い、祖父の思いもまた、共に光に返して行けるのだと思われました。

明らかに自分の中に彼らの血が、念が流れていた。
彼らの愛、彼らの悲しみ、彼らの憎しみ、彼らの反発、彼らの憧れ
彼らの孤独、彼らの飢え、彼らの執着。。。。
それを抱きしめ、心から抱きしめ、光に返して行こうと思います。


2009年12月5日(土) 13:00〜19:00
澤谷 鑛 ヒューマンライフセミナー・特別編
家系のデトックス〜 in 大阪  好評 受付中!

年末恒例のスペシャルセミナー!
あなた自身の心はもちろん!あなたの家系のデトックスを追究します。
講演後の食事をしながらの懇親会でも多くの気づきがあることでしょう。
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2009年12月16日

婚家に満ちていくデトックスと癒し。


2009年12月14日 一旦は危篤を乗り越えた主人のおばあちゃまが、旅立たれました。

100年間を生きられて、100年目のお誕生日に旅立たれました。その日がまた、わたしの誕生日でもあるという不思議。おばあちゃまがなんだか、他人さんに思えません。


納棺師さんのお仕事の、なんと見事なこと!100歳のおばあちゃまをよくここまで美しくされるものだと、心打たれました。濃い鮮やかな牡丹のようなピンクの口紅が愛らしく、まるでお人形のようでした。


「おばあちゃん、きれいでしたね!」と、感動するわたしにお嫁さんが言われた言葉がよかった。

「当たり前やん。今から40年ぶりにお父さんに会うのに(o~-')b」


仲のよかった旦那さんと早くに死に別れられたおばあちゃま。

今はきっと、旦那さんに出会われている。

この世で実の娘との和解もなく逝ってしまわれたけど、今はきっと、そんなお心の拘りも嘘のように解かれていらっしゃるに違いない。

そしてそんなおばあちゃまの横では、旦那さまがきっと笑っていらっしゃるに違いないのです。


その「おばあちゃまの旦那さま」というのがまた、優しさの塊であるわたしの主人が、ただ一人今も拘りを解いていない相手である「主人のおじいちゃま」であるのです。

幼い頃からまるで何かの捌け口にされるように、何かにつけて苛められていたそうです。何か深いご事情がおありだったのでしょう。


もういい。
おじいちゃまもおばあちゃまも、お辛さの中を痛みに満ちて、精一杯生きてこられた。もういい。もういいです。安らかにお休みください。今こそどうぞ、光にお帰りくださいね。

どんなにかお辛かっただろう。愛しいはずの子や孫を、どうして傷つけねばならないだろう。傷付けずにはいられないお辛さ。わかり合えない辛さ。愛し合えないお辛さはどれ程だったろう。強がっておられても、お認めにならなくても、どんなにかお辛かったに違いない。



以前にも書きましたが、仏教には「一人出家すれば九族天に生まる」という言葉があるそうです。


一人が悟りを得れば祖先子孫合計九代まで癒しが及ぶ。祖先の念に共感して涙を流すときに、祖先の念は抜かれて光になっていく。そして、祖先から代々伝わり流れる連鎖が断たれる。


人の怒りも憎しみも、元を辿ればすべて悲しみであるような気がします。祖先の悲しみに共感して流す涙は、祖先の念を抜き、祖先の悲しみと痛みを癒します。

そして、癒された祖先の喜びは、現在に生きるわたしたちに戻って来てわたしたちを満たすのだそうです。



おばあちゃまの悲しみ痛み。今癒されて、癒されて光に帰って行かれるおばあちゃまの喜び。今戻ってきて義母を満たし、癒しますように。

今癒されて光に帰って行かれるおじいちゃまの悲しみと痛み。今戻って来て主人の拘りを解き、主人の心の痛みを癒し、その喜びで満たしてくれますように。


今、心から祈りたいと思います。

おじいちゃまもおばあちゃまも、義母も主人も、おばあちゃまを中心としたすべての親族と地域の、複雑で深刻な対立も、すべてが変容していきますように。


何もかもが光に変えられていく。たったわたしひとりから始まった小さな小さな癒しと人生の回復が、子孫への連鎖を断ち、子孫四代までを救い、四代までの祖先に光を満たし、癒しを満たしていくのだと思います。



ありがとうございます。

ありがとうございます。





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2009年12月19日

人への怖さを癒やしたものは。

先日、今年の始めのセミナーをご一緒した方からメールを頂きました。
「新大阪セミナーが終わってまだ十日少ししか経っていませんね。」と言われて、ええ、嘘でしょう!と思いました。

早いもので、あれからまたすべるように日が過ぎて、もう半月が経ちました。しかし、わたしの感覚の中では半月どころか三ヶ月ほども経ったような気がします。人生に起こっている変化があまりにも大きく、また速過ぎて、自分でも付いていけていない。なんという濃い人生を送らせて頂いていることか、ただただ感謝が溢れます。

新大阪で参加したセミナーは、澤谷 鑛先生のご主催による家系のデトックスセミナーでした。先生のお話を聞き始め、養成講座でお世話になり、どれほど癒やされ、また学ばせていただいたでしょう。
そして、決定的な癒やしと変化を得たのは、まさにそのセミナーのタイトルでもある家系のデトックスに、心を用いて深く入り込み始めてからのことでした。まるで転がるようにすべてが解けて行ったのでした。

新大阪セミナーでは体験談もさせていただき、その転がるように深まっていった癒しと鮮やかな変化について皆さんの前でお話しすることで、更にその自身の変化を確かなものとして、自分の中に落としこめた気がします。お話した内容は大体は、こうして日記に書いてきたことばかりです。生まれてこなかった兄弟の話や、おじいさま、伯父さまの話などなど。。。
しかし、親族に差し支えるため書かなかった話もありました。それについては体験談の中で初めて語りました。今日はその話について、少し書こうと思います。これもデトックス。年末大掃除の一環です。^^


さて、さくらみるくは、実は長く、人を恐れて引きこもってきました。本格的に引きこもって四年目です。もっと軽い期間を合わせると15年ほどになるかもしれない。それは、わたしの中に十分素質もあったのですが、もともと近所から攻撃を受けたからでした。

みなさん良い方ばかりなのですが、どこに引っ越しても必ず隣とか向かいとか、近い一軒から嫌がらせを受ける。なにかと眼の敵にされる。これは明らかに自分の中の何かが引き寄せていると思われました。それは、わたしの中に人を怖がる思いがあるから、だからその思いが現実化していたのであり、また、わたしを攻撃する人を、わたしが好ましく思えないから、その思いが更に現実化していたのでしょうが、でも、それだけではない。何かある。何かあると、わたしはずっと思っていました。

そして、家系のデトックスをして、祖先の思いを深く感じ、彼らと共に悲しみ、心を動かされて涙を流す中でひとりの人が思い浮かびました。それは先代からわが家と敵対関係にあった一族さんの存在であり、その中心にいらした方でした。わたしは直接その敵対に参加も関与もしておらず、わたしの代では仲良くしたかったのですが、向こうさんにはそのおつもりがないようで、挨拶しても無視されるばかり、という関係が続いていました。そしてその方がわたしの母に対して生前行なわれてきた様々な意地悪、嫌がらせを思い出したとき、どきんとしました。わたしが近所から受けていた嫌がらせと、その方が母に対して行なっておられた嫌がらせとが、全く同じ行動であったのです。

ああ、ここにあった、これだったのだ。と、思いました。
そうだったのだ。と。

それでわたしは、その、母に嫌がらせをしていた方の思いに共感することを始めました。先に他の親族の思いへの共感も済ませていたので、難しくありませんでした。
どんなに惨めな思いをされていたか、どんなにご苦労があったことか、どんなに悲しく痛んでおられたか。意地悪をしなければならないほどの、どんな思いがその裏にあったのか。。。。
生まれて初めてわたしは、その方のために涙を流しました。

それから不思議なことが起きたのです。
あれほどまでに近所を恐れ、外に出ることすらできないほど恐れていたわたしが、全く恐れから解放されてしまった。気分的なことかと思っていたけれど、違う。いつまで経っても揺れ戻しもない。

そして、嫌だなと思っていたその、意地悪なご近所の方を見た時、また不思議なことが起きました。その嫌な方が、母を攻撃していたその人に見えてくるのですね。そして、わたしは今度はその「嫌な方」を見て、ぽろぽろと涙をこぼすわけです。どんなにこの方はお辛かったのか。どんなに惨めな思いをされたのか。わたしに意地悪をしなければならないほどにどれほど悲しい思いをしてこられたのか。。。

こんなことは、全部わたしの想像にしか過ぎないのですね。だから、泣いている自分を、自分で「わたし、大丈夫か?」と思ったりもする。
でも、涙が勝手にこぼれるのですね。後から後から。。。
そして、わたしの恐怖は完全に拭い去られてしまうのです。
もう、相手がどうでも関係ない。挨拶して、返事が返ってこないからといって、それがどうした。相手の問題じゃない。わたしの心が納得して平安に満ちているから、もう、マイナス感情に満ちていないからそれでいい。
わたしの心はもう、波立たないのですね。相手がどうでも関係ない。初めて心の底からそう思えたのですね。

そういう話を、体験談でしました。



その後、その嫌な方は、やはりわたしの挨拶を無視し続けられました。こちらの自転車が少し、あちらの敷地にはみ出ても文句を言われるのに、こちらの玄関を大きくご自身の自転車がふさいでいる、ということも、続きました。

でも、その体験談をした半月後の昨日、そう、昨日です。

向こうからニコニコとして、話しかけてこられました。親しげに。^^

他のご近所がいるときは普通に話されるけれども、二人だけの時は完全に無視をしておられたその方が、向こうから話しかけてこられました。
それで、数分お話してお別れしましたが。。。
驚きましたね〜〜〜〜! 五年ぶりでしょうか、六年ぶりでしょうか。
ああ、デトックスが満ちたのだな、と思いました。


自分が発した念は、必ず自分に戻ってくる。
目の前の相手も状況も、自分の鏡。

そう受け入れた方々は、みな、口をそろえて「人間関係の改善がいちばん早く、簡単に起こった」と言われます。状況が変わったり病気が治ったりするまでには時間がかかる。でも、人間関係に見える変化は早いことが多いのですね。でも、わたしの近所の人間関係は、引き寄せの法則だけでは解決しませんでした。
それは、わたしの問題が持ってきていたメッセージにわたしが気付かなかったからだったのだと思います。
長い間わたしのなかに、何か引き寄せだけでは割り切れないものがあるという印象が、しつこくこびりついて離れなかったのも、わたしがヒントに思い至った時に「これだったのだ!」という深い確信がひらめいたのも、面白いですね。
そして、それきりわたしは癒やされてしまった。

本当の答えはわたしの中に在ったというのでしょうか。
それとも、人生が、わたしに気付かせようと心をノックしていたのでしょうか。
なんにしても確かなことは、どんな問題にもメッセージがあり、どんな嫌な人も何かのメッセージを携えて現れて来るのであって、そのメッセージをきちんと受け取りさえすれば、メッセンジャーである問題も、人も、役割を果たして消えるということであるようですね。それを、本当に鮮やかに見せてもらった気がします。


あなたの問題は、あなたの、どんな姿を映しているのでしょうか。
あなたの問題は、あなたになにを、教えようとしているのでしょうか。

そのメッセージをきちんと受け取る時、あなたの問題は霧散する。
あなたの人生は、大きく変化するのでしょう。


今年ももう残り少なくなりました。
皆さまのお幸せを祈ります。

ありがとうございました。
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2010年05月08日

澤谷 鑛先生の魅力。

昨日は、霧のような小ぬか雨の中、京都で娘と二人、
師である澤谷 鑛先生のカウンセリングを受けました。
とても優しい雨で、空気がきれいでした。

相も変わらず素敵な先生です。
この魅力は一体どこから来るのかと、しげしげと観察してしまいます。
広島のお生まれだけあって、あの厳島神社のような雰囲気を持っておられる。
荒々しさと気品、静けさとご気迫、底が見えないほどに深く果ての無い精神性しさと知性、これまた限りの無い優しさと、冷徹なほどにきっぱりとした断崖絶壁の厳しさ。気取りの無いさばけたお人柄。多くの人を惹きつけ魅了してやまれない大きな大きな人間性とどのような卑小な人間らしい感情もすべて喜んで味わいつくされようとする人間らしさ。
うーん、広島の方だけあってばんからだなあと、お見つめするのですね。

そして、その魅力の秘密を見つけてきましたよ。^^
それは、先生がいつも仰っていることに真っ直ぐに通じることなのです。
先生は、「それ」がなければ、カウンセリングしたってセミナーをしたって、誰の心にも響かない。これが無ければダメなんだと断言されるのです。最大の秘訣を頂いてきました。
これは。。。。書かずにおきます。意地悪でしょーか。^^


カウンセラーとして開業して、今の状況をわたしはそんなに詳しく先生にお話したわけではないのです。でも、一事が万事なのでしょうか、先生は、わたしがいるレベルを本当に正確に把握しておられて、落ち込もうとしている落とし穴を一つ二つ世間話のようにお話になられ、そしてわたしがまだ縛られまとわりつかれていた「本質ではないもの」を、「それは要らないものである」とすっぱりと鮮やかに切り捨ててくださいました。目が覚めたように感じましたね。それは「さあ、これで飛べるようになったでしょう?」といわんばかりのなさりようでした。

先生は、わたしを高い空へと放り投げることしか考えておられない。「あなたの成功は、活躍は、こんなもんじゃない」と仰るかのようにされるのですね。
そして、何度落ちてきてもびくとも揺るがないご信頼で、また放り投げられる。飛べないものを放り投げたら、普通は死にますが、先生は「飛べて当たり前」という前提で対してくださる。もはやそのことに対して言葉をかける必要も無いほど、心配する必要も無いほど、当たり前にさくらみるくの飛翔を目の前に見てくださっている。そのあまりの自然さに、すぐにはそうと気付かないほどに信じてくださっている。信じ抜いてくださるのですね。

一切手加減なさらない先生のなさりようは、そのまま先生の命がけの信頼としてわたしには感じられるのですね。「飛べて当たり前。飛べないことなどあり得ない」と。そのようにご自身が、またわたしが信じることに伴うリスクをすべてご存知の上で、先生は信じてくださっている。それが嬉しくて震える思いです。
「危険だとわかっているなら止めてくれ」とは思わないし思えない。危険だとわかっていても黙ってそのリスクに直面させてもらえるほどに真剣にぎりぎるのところを信じ抜かれていることを感じて、わたしは激しい喜びに震えるのですね。親ですらこんな信頼を子に与えることは難しい。本当の「先生」であり「師」である方にお会いできていることの幸いさが、ひしひしと感じられるのです。

そのように自立した人材となり、人々の幸せに貢献できるようになることこそが養成講座の目的なのですからそれが当たり前なのですが、しかし、わたしが達したレベルをいつももう一歩上回らなければ解けない問題を与え、もう一歩頑張って初めて開くことができるドアを指差してくださる先生なのですね。
追っても追っても限りが無い。果てがない。どこまで追っても背中しか見えない。いつも目の前で微笑んで見つめてくださっているようでありながら、触れることすらできないほどに先生は大きい。伸ばす指が届かないのです。
濁らない水の本質の先生は、そこにいらっしゃりながらいらっしゃらない。そして、おられないのにいらっしゃるのです。そのように微塵も依存させないままに、どこまでもどこまでも天井無く養成講座生を伸ばそうとしてくださるのですね。

澤谷先生のお言葉は、日本語的には難しくないのですが、
何気ないお言葉の中に含まれるその奥行きがすさまじく深い。
理解させるよりも、悟らそうとしてくださるからなのですね。
悟りは、そう簡単にインスタントにはやってこない。しかし、命そのものを頂いた思いです。

明確なお答えを出そうとはなさらない。そもそも人生とは、そのように明確に割り切れるようなものではないのですから。だから「じゃあ、どうすればいいんですか」と痺れを切らしたクライアントに「どうにでもしてください。あなたの人生です」などと、一見冷たいことをおっしゃったりもされる。答えを出されないところに答えを下さる先生なのですね。そしてインスタントな答えの代わりに、人生を、命を、すべてを下さるのです。言葉を越えて、言葉では決して伝えられない悟りの部分を、包みを解かないパッケージそのままに下さるのですね。それを解くのはあなたがすることだ、と。

もう、二年近くお話を伺っている先生ですが、今でもお話を伺うたびに圧倒される。あまりの底の深さに圧倒されるのですね。ここまで圧倒され続けているのだからもういいだろうと思ったりする。これ以上カウンセリングを受けても、もうあまり新しいことは出てこないかなとも思った。でも、先生はお金も時間も決して無駄にされない。これがプロというものなんだろうかと圧倒されるのです。本当に濃密な、お金に換算しきれない命をくださった気がします。すさまじい方だと思うのですね。

どうしてこんな、空中ブランコのような絶妙のことがお出来になるのか。クライアントさんの手を取るも受けるも、運ぶも放すもみな、絶妙のタイミングで行なわれることでその人を生かすのですね。相談している人の精神の、心の、魂の程度も進度もすべてご存知でなければ仰れないようなぎりぎりの妙薬を下さるのです。いつも理解されている。べたべたと連絡を取る必要が無いほどに理解されているというこの、すさまじい安心感。たった一人、この世にわたしを知り、わかってくださる方がおられるというすさまじい安心感。これがさくらみるくを癒やし作ってきたのです。

無駄なお言葉を語られない先生ですから、いつもセミナーなどでそうするように、カウンセリングでも、ただただ一言も聞き逃さないように集中して、すべてを丸飲みに聞いてきました。
超高濃度エッセンスを詰め込んだカプセルを飲んだようなものです。
これから、そのカプセルが数日かけて溶け出してきて、効き始めるのだと思います。今朝の目覚めも、既にいつもとは異なる色合いを見せています。いつもそうであるように、今度もまた、ゆっくりと人生が根こそぎ変えられていくのでしょう。楽しみです。

苦しいところもあります。正直に言えば、とても苦しいところもある。
毒を飲んで内臓が焼かれているような苦しさです。
その苦しさの原因もまたわかっている。
わかっているけれども、ここでは書きません。^^
別に、毒を飲まされたわけではありません。
一緒にカウンセリングを受けた娘のことでもないし、わたしのことですらない。ならば、先生のことかというとそうでもない。
ただ、苦しみがあるのです。悲しみがあるのです。
詳しくは書きませんが、どうしようもない人生のはかなさに対して、とでも言いましょうか。。。
誰のせいでもなく、こればかりは、生きている限りはどうしようもない。
苦しみは苦しみとして満喫します。それが人生なのだから。
満喫して生きる人生が、素晴らしいのだから。
悔しいし、悲しい。とても悲しいし悔しい。
だから、涙が溢れるならばどこまでもどこまでも枯れるまで溢れさせておこうと思います。
それが人生なのだから。
恐れずに悲しみ、恐れずに苦しみ、
悲しみを悲しみ苦しみを苦しみ、すべてを感じつくし満喫して生きていくことこそが人生だと。
まっさらさらの現実を、悲しみも苦しみも丸ごと楽しみつくして生きていくのだと。その先にこそ、人生の素晴らしさが見えてくるのであり、その先にこそ、すべてを宝として生きる人生が展開していくのだと。
ご自身でそれを生き様として、命も葛藤もまるごと表し、師として言葉ではない言葉で教えてくださる先生なのですね。

カウンセリングで、それまでわたしたち親子の人生に、思考に、感じ方に、はびこっていた雑木を鮮やかに斬り払い、種をまいていただいたような感じもあります。
わたしも娘も、よく耕されたふかふかの土で、カウンセリングに臨めた気がします。
日照りの岩の上ではなく、カラスがついばむようなところでもなく、
ふかふかの土に、先生のまいてくださったお言葉を受け止められた気がします。
これから、豊かに育ち実る種の成長が楽しみです。





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posted by 桜 美穂 at 16:58| Comment(2) | TrackBack(0) | さくらみるくの体験談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

澤谷 鑛先生のカウンセリングの恐ろしさ。



先の日記でも熱烈に語りましたが、昨日の澤谷 鑛先生のカウンセリングは、素晴らしい体験でした。
圧倒されましたし感動もしました。
すっきりもしました。
でも、恐さが残りました。
まるで、足元が崩れ去っていくような、背筋がぞわぞわするような不安な感覚が残りました。


その何ともいえない、訳の見つからないこの恐怖は、ざわざわは何なのだろう。
いつだったか、どこだったかで、この感覚を知っている。
そう、それは、先にも日記に書いたことがある「透明な水」に感じた感覚でした。

「透明な水の記憶より。」
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すべての人の心の奥にある「濁らない水の本質」を説かれる澤谷先生。
「濁らない水」そのものでカウンセリングに臨んでくださる、濁らない水の先生。
そこにおられるのに、いらっしゃらず、そこにいらっしゃるのにおられないという、あるはずであるのに見えない水の先生。
それは、あのバイカル湖に感じた恐怖と同じ。

 澄み切った水が、ただ井戸くらいの場所にあるのなら恐くもなんともない。
 気をつけてまたいで通ればいい。何の危険も無い。
 でも、バイカル湖ほどの広さに、そのような澄み切った水があったら
 危なくて仕方がないではないか。

小学生のわたしはそう思ったのでした。
その、小学生のわたしが感じた恐怖、ざわざわした思いは
そのまま現在のわたしが先生に感じている恐怖そのまま、同じなのでした。

 先生は、大き過ぎる。
 広すぎて、深すぎるお心が、
 そのように澄み切っておられることの何という恐ろしさ。

前回はメールのカウンセリングで井戸水を思い出しました。
きっと、一通のメールから覗き込める範囲など、知れているのでしょう。
メールで語れる部分は、本当に微々たる部分に過ぎないから。
だから、あの時わたしに甦ったのが井戸水のイメージであったのでしょう。
しかし、初めて対面のカウンセリングを体験してみたら、井戸水どころではなかった。
バイカル湖ではないかと感じた。

数十年の歳月を飛び越えて、あの時の感覚が現代に甦っている。
なんと面白い、不思議なことがあるのでしょう。
まるで、小学校のあの頃から、現在のわたしも今の体験も
既に備えられていたかのようだ。
謎を解く鍵が、既にそこに置かれていたようです。

何がそんなにも恐ろしいのだろうと思いました。
先生は考えもなしに闇雲に切りつけられるようなことはなさらない。
優しくおっしゃってくださるのに、何も恐いことなどないのに。

でも、思うのです。
普通なら、どんな人にカウンセリングされても、どこかにその人のカラーがある。
自分のどこかに、その人の足あと、というものが残るのだ。
素晴らしいカウンセラーさん、セラピストさんに恵まれてきたから
不快な足あとが残ったことが無い。どの方もかぐわしい香りを残してくださっているし
その足あとがいつまでもわたしを支えてくださるのも事実。感謝しかない。

でも、澤谷先生はあまりにも澄み切った水でいらっしゃるから、
「エゴが無い」ということを遥かに通り越してしまわれて、
本当にそのご存在も足あとも、完全消滅されるのです。
今までお世話になったどのカウンセラーさんよりもどのセラピストさんよりもある意味癖が強く、人間らしい、非常にユニークな個性ある方であるはずなのに、見えなくなるほどに無色透明になられるのです。
水は、時にはしっぽりと相手を十二分に濡らし潤し癒し生かすのだけれど
状況が変われば、全く痕跡を残さずに蒸発して消えてしまう。
香りさえも残さない。色も残らない。もはや、本当にそこにあったのかどうかもわからない。
澤谷先生のカウンセリングとは、そういうものなのかもしれません。
まるで、何もかもが夢であったのではないかとしか思えない。
ただ、癒やされ回復した自分がここに立っているということだけが唯一の現実に思える。
なんというすさまじいことをされるのかと思うのです。
一体どこまで、どのように企まれたら、このようなことができるのか。

あの有名な臨床心理学者、河合隼雄さんも言われています。
「クライアントさんが回復したそのときに、自分の姿をどう消すかには、いつも苦労する」と。
澤谷先生はそれを完ぺきになさっておられるのだと思うのです。

歩めば足あとが残って当たり前のその「人の部分」が見えれば、
その、「見える、人の部分」を手がかりに
その方に近付く手がかりも足がかりも得られようものだけれども
先生のとらえどころの無さは半端ではない。
手も足も出ない。
出そうと思えば、転がり落ちるだろうと感じる。
だから、怖いのかもしれません。
それは、今までに感じたことの無い恐怖。
それはまるで、ふたつの高いビルの屋上にガラス板を渡して
そこを本当に渡れるのだろうかと覗き込んでいるような恐怖なのです。

そこにいらっしゃるはずであるのに、優しく微笑んでいらっしゃるのに
まるで鏡に映った像を見ているようで、手をかける場所が無いのですね。
そしてきっと、わたしが見つけようとして一生懸命見つめれば見つめるほどに見えてくるのは
手をかける場所を無意識に探して覗き込んでいる自分自身の姿だけなのだろうな、と、そんな気がするのです。

先生はお仕事をなさっているのですから、カウンセリングなのですから、それでいいのです。
明らかになってくるのは、カウンセリングを依頼したこちらの姿だけでいい。
当たり前のことなのですね。
しかしそれを、こんなにもすべてにおいて徹底される方を見たことが無い。
実生活は存じ上げませんが
ペンネームでご活動されている間のすべての言動において、それが徹底されておられるようにしか見えない。
それが凄いのですね。

どこまで行っても、濁らない水の先生。
どこをどう切っても、同じ清い水が同じように流れ出す、濁らない水の先生。
やっぱり凄いなと思うのです。




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posted by 桜 美穂 at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | さくらみるくの体験談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする